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2025年08月06日18:29

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Facebookから転載

野村 慶太郎

いつの頃からだろうか。
農家の人を「百姓」と呼びにくい世の中になってしまったのは。
祖母には子供の頃、茶碗にご飯粒が残っていると、
「一生懸命作ってくれているお百姓さんに悪いでしょ!」と叱られたりした。
それがある時期から「百姓は差別用語だ」などという大人が出てきて、「農家さん」「農家の方たち」とか呼ばされるようになった。
でも、ウチの部落の農家の人たちは「百姓」と呼ばれることに誇りを持っている。
なぜなら「百姓」とは「百の仕事ができる人」という意味なんだそうだ。

本当の語源は別として、農業は本当に1人で色んなことが出来ないと務まらない。
用水路が壊れればセメント塗って直す。
左官業が出来ないと、田んぼの擁壁一つ修理できない。
木製の農機具が壊れたら、自分で直せる木工師の技術が要る。
耕運機や脱穀機が壊れたら簡単にその場で直す。メカニックだ。
害虫の生態を把握するには昆虫学者にならないといけないし、農薬調合するなら化学者である。
畑を直すには重機オペレーターのノウハウが不可欠だし、人工受粉させるなら植物学者だ。
ある時は大工であり、ある時は重機オペレーターであり、ある時は…。
もうキリがない。

まさに百の仕事ができないと農業は出来ない。
いつか自分も一人前になったその時、ワシは百姓と尊称されたい。
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