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2025年08月01日07:07

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クルマ0491 3輪も4輪も(FRISKY)

出力は決して高くありませんが、故障の少なさ・耐久性・維持管理の容易さ等に鑑みて、1920〜30年代にHenry Meadows(ヘンリー・メドウズ)が作ったOHVは、小型自動車用として出色のエンジンだと考えます(本稿0120【傑作エンジン】にて摂りあげました)。

https://images.app.goo.gl/pRuY3QSEhDSSiZd48

メドウズは1919年4月15日にイングランド中西部ウェスト・ミッドランズ州ののウルヴァーハンプトン市にHenry Meadows Ltd.(ヘンリー・メドウズ株式会社)を設立してエンジンやギヤボックスの製造を始め、リー・フランシスやフレイザー・ナッシュ、HRG等に使われて好評を博しました。
なお、自動車用のみならず船舶用や産業用定置型エンジンも製造しています。

1954年、経験豊かなエンジニアGordon Bedson(ゴードン・ベドソン)がメドウズ社に入社しました。

https://images.app.goo.gl/uKWYiv7P7D9cJPcW6

1950年代になると、対候性がまるで無いバイクは一般家庭用としては敬遠され、替わって廉価な小型自動車がヨーロッパの街で見られるようになってきました。ベドソンも1956年夏に超小型車の試作を始め、その年の終盤にスクーターの部品と既存のヴィリアーズ製2サイクル空冷250ccエンジン(汎用)を使ったシャシーを完成させました。

https://images.app.goo.gl/ecNgw

ガルウイング・ドアのFRPボディを持すつバグ(「虫」の意)と呼ばれるクーペを完成させました。

https://images.app.goo.gl/G51mgEKysG1m6ck99

バグのデザインは、ヘッドランプが飛び出した野暮ったいモノでした。リヤに空冷エンジンを載せていたので、フロントはノッペリ。
http://www.historywebsite.co.uk/Museum/Transport/Cars/FriskyPrototype2.jpg

そこで、イタリアのカロッツェリア(コーチビルダー)、ヴィニヤーレを通してGiovanni Michelotti(ジョヴァンニ・ミケロッティ)にリデザインを依頼しました。
ミケロッティの提案はグリル風の装飾をフロントに付けるというもの。

https://images.app.goo.gl/ha7adQQo9qqbmdnJ9

そして、その年の3月14〜24日に開催されたジュネーブ自動車ショーに出展されました。ホイールベース1520mmの小さなRR(リヤエンジン・リヤドライブ)車です。
http://www.historywebsite.co.uk/Museum/Transport/Cars/frisky1.jpg

しかし、ヴィニヤーレがボディを作ると目標価格(400ポンド)を大きく超えてしまうことから、値の張るガルウイング・ドアを廃止して通常のドア(前開き)を持つ2座の生産型が再設計されました。ボディをオープンにして内製し、廉価を追求しました。

https://images.app.goo.gl/we5LvU5cj1vikzmN8

https://images.app.goo.gl/8apQA

そしてジュネーブ自動車ショーの3ヶ月後の1957年6月、Henry Meadows Vehicles Ltd.(ヘンリー・メドウズ自動車株式会社)が登記され、翌1958年の3月に生産が開始されました。フリスキーと名付けられたそのクルマのヴィリアーズ製エンジンは、250ccから324ccに排気量アップされていました。

半年後の1958年9月、生産はFrisky Cars Ltd.(フリスキー・カーズ株式会社)が担うことになり、10月22日〜11月1日のイギリス自動車ショーでクーペが追加されました。ガルウイングではありません。

https://images.app.goo.gl/mSaaG

フリスキー・カーズは、1959年2月に197ccという小排気量のヴィリアーズ・エンジンを積む3輪車の生産も始めています。

https://images.app.goo.gl/31pu2J7wGx26JpW67

イギリスでは3輪車は税金が安くオートバイ免許で運転可能だったためで、ファミリー・スリーと名付けられました(「家族誰でも」の意味が込められているのでしょう)。

また、空冷3気筒492ccのエクセルシオール製エンジンをミドシップに積むスプリントなる高性能モデルも作られています。

https://images.app.goo.gl/hkbsmmiPyXzcNWUZ8

最高速度約145km/hを誇るスポーツモデルで、ボディ形状が全く違います。

https://images.app.goo.gl/KbVfZ32xG2UdNDVa9

1959年6月、財政難に陥ったフリスキー・カーズはC.J.Wright(ライト)氏に買収され、社名がFrisky Cars (1959) Ltd.に変わります。設立年を表す数字が加わったのです。

この会社は、1959年9月にファミリー・スリーのエンジンを大型化して(197→250または328cc)Mk.2に発展させています。
また1960年10月のロンドン自動車ショーにてファミリー・スリーをリファインしたプリンスという3輪車を発表しています。

https://images.app.goo.gl/HVaYdCwsnv3rgK7n9

しかし1959年8月に登場したBMCミニの台頭によりフリスキーは苦戦を強いられ、Frisky Cars (1959) Ltd.は1961年2月にR.Bird(バード)に買収されます。そしてバードが会長を勤めるペットボウ社(発電装置製造)があるケント州のサンドイッチという街に移転されましたが、事態は好転せずその年の末にはフリスキーは完成車の生産を終了しました。
その後は細々とキット販売を続けていたようですが、1966年にクルマ事業は完全に停止したようです。
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