前時代
私の子供の頃は、両親は貧しく、生活を維持するのが精一杯で、子供への細かな教育への余裕は無かった。
母は両親から受け継いだ、昔ながらの女の道を純粋に貫いていた。一家の柱が病弱で、働けなくても、現在のような行政の援助さえ、まるきり無かった。
我が家は、3食ごはん食で、母は朝5時頃から食事の支度をしていた。
鰹節をかく音と味噌汁の匂いで、私は目が醒めた。
朝6時、ラジオのコロンビア・トップライト司会の放送を聴きながら、さらに目が覚め、納豆売りのオジサンの声を聴き、「おじちゃ〜ん納豆 頂戴!」っと、声をかける事から、私の1日が始まった。
納豆は父の大好物で、炊き立ての温かいごはんに、この納豆が無いと父は不機嫌になった。
体が弱く、どんなに働けない夫であっても、母は3度3度のご飯の支度に気を使い、夫に尽くしていた。
オカズも夫には大きめを選び、自分は控えめだった。
気に入らないオカズがあると、我が父は何も言わず、手でそれを御膳から遠のけていた。その行為に傷ついていた母は、常に私に語っていた。
嫌ならはっきりと嫌いだから出すな!っと、言えば良いと。
我々団塊の世代は、結婚したのなら、会社を退職し、専業主婦に徹するのが当たり前の世代だった。
結婚しながら、仕事をし続けるなんてもっての他だった。
お2階さんに、戦士した父親の代わりに、母親と下の3人の弟達の為に、一家の稼ぎ手として、丸の内で仕事を優先する女性が居た。結婚を諦め、家族の犠牲になっていた。それでも弟達が立派に成長するのを、心の底から喜んでいた。そんな家族思いの人が多くいた時代だった。
現代
同級生の娘さんのご主人は、お子さんのお弁当を毎日作られるのだそうです。
ですから、その人に言わせると、これからは、家事も子育ても出来ない男は、結婚ができないだろうと言う事であります。
同級生の彼女は、娘さんご夫婦の子育てを見ていて、母としてこの時代のギャップを受け入れるのに、相当な時間がかかったのだろうと推察する。
そして娘さんのご主人の家庭環境を知るにつけ、やはり母親がお手伝いをするようにと、彼を教育していたと言うのです。
そうなのか。やはり子供の頃の環境で、男だってキッチンの手伝いをするのが当たり前の思考になるのだという事なのだな。
昔は、男は厨房に入らず!っと言われ、それを頑なに護っていた訳なんでしょう。我がおぼっちゃまの父親もそうでした。
私の同級生たち、男子の多くも、そのようです。
そして、団塊世代ジュニアですら、それを受け継いでしまった男子も多いのだろう。
これじゃ、日本は変わらないよね!
仕事が忙しくたって、たまにはお風呂掃除をするとかね、家族サービスをするとかね、子供の面倒をみるとかね、庭の雑草取りぐらいはするとかね。←やたら根が多いが
家事って24時間休みなく仕事がある訳で、オマエ!がやって当たり前!ってな考えになるのでしょうかね。
機嫌が悪い時は妻に怒鳴る、モラハラする、オマエが産んだ子だ! オマエの責任だ! なんとかしろ! これがいけない! ひとりじゃ子供はつくれないんだよ! 作ったのはテメェだろうが
ながい年月の間に、忍々している主婦達は、心の中で密かに暴動を計画している。
いつか別れてやる。そのチャンスを、そつ無く密かに狙っている訳ですな。
たまにで良いから、感謝しているよ!的な、言葉があって当たり前、それが大切であり、それすらしない。女性は言葉に弱いのだから。
又女心のそれを呑気に知らずにいる男は、ある時、三行半(みくだりはん)を突きつけられる前に、妻が書き置きすらせずに、ある日突然に、家出を決行すると言う事を、肝に銘じるべきである。
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