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2025年07月04日07:23

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クルマ0487 フォーミュラにも(MECCANICA TARASCHI)

本稿0414【GIANNINI 750】で、Attilio(アッティリオ)とDomenico(ドメニコ)のGiannini(ジャンニーニ)兄弟が第二次世界大戦(ヨーロッパ戦線)後に復権して盛んになってきたモータースポーツ、特に人気が高い750ccクラス用にG1-750という水冷4気筒750ccOHCエンジン(45〜52馬力)を製作したことを記しました。
1953年、兄弟はこれをツインカム化したG2エンジン(60〜70馬力)を開発しました。両エンジンは多くのプライベーターに供給され、目を見張る活躍をしました。なかんずくよく知られているのがBerardo Taraschi(ベラルド・タラスキ)が製作した車輌です。

彼は1947年にイタリア中東部のテーラモ市にMeccanica Taraschi(タラスキ機械)社を創業し、Urania(ウラニア)・Giaur(ジャウル)・Taraschi(タラスキ)の名を冠する2座のスポーツカーやレーシングカーを製作しました。

当初はフィアット500のシャシーにBMWバイクのエンジンを積んだウラニアを製作していました。
1948 年終盤、シャシーをFrancesco Cappelli(フランチェスコ・カッペリ)が製作したクローム・モリブデン鋼管を使ったスペースフレームに変更しました。

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この新型車ウラニアは1949年シーズンに数々のコンペティションで活躍し、ピレリ(タイヤ)・シェル(ガソリン)や部品メーカー数社と広告契約を結ぶことができるようになりました。

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この1949年は、タラスキが飛躍の足掛かりとなる新しいスポーツカーを手掛けた年でもあります。
そのクルマがジャウルで、ジャンニーニからG1/G2エンジンの供給を受ける(〜1958年)契約を締結して50台製作しました。そのうち多くはアメリカに輸出されて数多のコンペティションに供され、120回以上優勝を遂げたと言われています。

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ジャウルという名称はイタリアで最高と言われるトロッター(騎乗速歩レース)馬、Giaur da Brivio(ジャウル・ダ・ブリヴィオ)から名付けられました(「GianniniのGiaとUraniaのurを組み合わせた造語」と言われることもありますが、それは正しくありません)。

なお、トロッターは日本ではほとんど馴染みがありません。北海道で少し。
下記動画の前半(2分間)がトロッターです。

https://youtube.com/watch?v=DPzjff_NQoA&si=J3-E1lY6deCoaUUp

タラスキは1948〜49年にF2やF3に挑戦、そして1954〜57年にはF1に参戦しています。その後はFJ(スォーミュラ・ジュニア)にフィールドを移しましたが、次第にイギリスのクーパーの後塵を拝するようになり、1961年には自動車事業から撤退しました。製作されたFJモデルは68台でした。

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