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2025年06月09日22:04

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「もう少し待てなかったのか」という側面があるけれど。

■白鵬翔氏が会見「協会の中ではなく外の立場から相撲の発展に力注ぐことが良いと判断」今後は「相撲を世界に広めていく活動」
(TBS NEWS DIG - 06月09日 12:58)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=266&from=diary&id=8343287
年寄「宮城野」を襲名していた第69代横綱白鵬が、日本相撲協会退職にあたり会見を行った、ですか。曰く、
相撲に愛され相撲を愛した25年でありました。私、白鵬翔は、日本相撲協会を退職し、新たな夢に向かって進み出すことを皆様にお伝えします。
今の自分が置かれている状況を考えますと、協会の中ではなく外の立場から、相撲の発展に力を注ぐことが良いと判断して、最終的には自分で退職という決断をいたしました。
宮城野部屋が伊勢ヶ濱部屋に預かりになること、事態を招いたことは親方として、改めて弟子たちや応援してくださった方々にお詫び申し上げます。宮城野部屋を継承いただく前伊勢ヶ濱親方(第63代横綱旭富士。白鵬退職後に宮城野を襲名)や関係する他の親方たち、協会とも密に連絡取り、引き続き外の立場から弟子たちを見守り、応援していく所存です。弟子たちに対する愛情は全く変わってないことをここで重ねて、申し上げます。
とのこと。
で、記事は、今後について、「相撲を世界に広めていくプロジェクトを中心に活動していきたい」と抱負を述べ、過去15回にわたり開催してきた「白鵬杯」をベースに「日本のみならず、世界中により多くの人たちに相撲の魅力を広げる、世界相撲グランドスラムという構想(原文は「構造」)のもと、相撲を広げてまいります」としていて、その支援者にトヨタ自動車があるという話も伝わり、協会を去っても積極的な活動の基盤はあるようです。
会見では、来月に迎える自身の定年に伴い、伊勢ヶ濱部屋の師匠を第73代横綱照ノ富士に譲った宮城野親方が出席、「このたびは白鵬翔が本日付をもって引退しました。これだけの実績、たくさん記録を持っています。こういう人がずっと協会にいてくれてれば、良い力士が出ると思っていた。本人の意志が固くて引き留めることができなくて、ファンのみなさまには申し訳なく思っています。本人も相撲が好きで愛していて、十分誇りに思っていると常々、聞いている。相撲を通じて社会貢献したい、相撲協会にも恩があるから応援していきたい気持ちがあった。外の方からやっていきたいとの意思を尊重した。引き留めることができずに残念でなりません。相撲を通じて社会貢献したいと思いがある。ご指導を鞭撻を切にお願い申し上げます。私も今日から宮城野親方になった。将来、(宮城野の)名跡を継げる者が出て来たら、いずれ宮城野部屋を復興させられるように尽力したい」とスピーチ、白鵬と握手とハグをかわして、退席したとか。
白鵬は、現役引退後に一旦「間垣」の名跡を襲名、師匠(元前頭13枚目竹葉山)の定年を機に宮城野を襲名、宮城野部屋の師匠を継承しましたが、昨年、弟子の元前頭北青鵬の暴力が発覚、監督責任を問われて部屋の閉鎖と「委員」から「年寄」への2階級降格の処分を協会から課され、昨年4月に師弟諸とも伊勢ヶ濱部屋に転籍となりましたが、「4月1日付で丸1年、3月中に執行部で話し合いがあった。聞かされた時に、いつというのが明言されず、今回の形になった理由が大きい」と、退職を決めた経緯を語りましたが、似たような部屋の閉鎖処分を受けた木瀬部屋のケースを考えると、閉鎖処分の解除に2年弱を要しており、「待てなかったのか」と言う思いも分かる気がします。(木瀬部屋のケース:平成22年、前年の七月場所で暴力団幹部らが一般では入手できない維持員席で観戦していたことが発覚、日本相撲協会が整理券の確保に関与したとされる師匠(元前頭筆頭肥後ノ海)に対して役職を「委員」から「年寄」へ2階級降格、部屋の所属力士27人を出羽海一門預かりとする処分が課された。これにより、部屋は閉鎖され、受け入れ先が北の湖部屋(当時)に決定、5月31日に一同預り願い届が提出されて部屋は閉鎖。閉鎖処分の解除決定は平成24年の三月場所中に行われた日本相撲協会理事会まで約2年弱を要し、同年4月1日付で再開された)
退職について、あるテレビ番組に出演したスポーツジャーナリストの二宮清純が
「本人も一代年寄(で「白鵬部屋」を開くこと)を望んでいました。しかし年寄資格審査員会というのがあるんですね。もっと厳しい声もあって『部屋を10年ぐらい持たさない方がいいんじゃないか』という声もありました。白鵬さんとしては大相撲が八百長問題や野球賭博問題で揺れている中、自分一人で(相撲界を)背負ってきたんだと。万歳三唱問題は自分が盛り上げようと思ってやったことなんだと。ところが相撲協会からするとことごとくしきたりから反すると。(協会との)ズレが相当大きかったと思います」
とコメントしていたようですが、横綱在位後期を中心としたその行動や振る舞いなどを理由に、協会内での“孤立化”が進んでいたことも大きく、木瀬部屋と同じ期間を過ぎても、宮城野部屋の再開が成らない可能性もあったと見るべきかもしれません。
いみじくも、宮城野親方が、「これだけの実績、たくさん記録を持っています。こういう人がずっと協会にいてくれてれば、良い力士が出ると思っていた。本人の意志が固くて引き留めることができなくて、ファンのみなさまには申し訳なく思っています。」と語ったように、優勝45回の大横綱中の大横綱を失うことは、協会にとっては“大きな損失”である面は否めないと思いますが、「優勝45回の大横綱中の大横綱」であるからこその、新たな活躍に期待したいと思います。
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