現在の千葉県は、旧律令国制で言うと北から下総(しもうさ)、上総(かずさ)、安房(あわ)の三国から成っています。
元々は三国合わせて総(ふさ)の国、或いは房(ふさ)の国だったのが、分かれたり合わさったり、また分かれたりで、この三国という形が定着しました。
そして「ふさ」とは麻の事で、麻がよく育つ事から名付けられたのだとか(´・ω・`)?ホンマカイナ
そんな三国のうち上総の国府は、現在の市原市中心部の五井駅から、内陸へ少し入った辺りとなります。
もう一週間以上経ってしまいましたが、この市原市や隣接する長柄町の辺りを観光して来ました。
先ず最初に向かったのが古墳時代前期の物と考えられている神門(ごうど)古墳群五号墳。
…ですが、クルマを駐める前に鳥居が目に入り、気になった神社へ先に行きました。
戸隠神社です。
摂社という事でしょうか、境内には祓戸神社や浅間神社も有りました。
もちろん富士塚も有ります。
お詣り(。-人-。)
お詣りを終えて神門五号墳…
周囲は住宅地で周濠は無く、知らずに見れば公園内の小山のような見た目ながら、千葉県域に少なくない前方後円墳です。
古代のお墓である五号墳の一部が、現代のお墓として墓地になっていました(@ ̄□ ̄@;)!!
それ以外にも方墳や円墳も有ったそうですが、開発に伴い、既に消滅してしまった古墳が多いよう。
遺跡の全てを保存しておく事は無理ですから、仕方無いと言えば仕方無いのですが…
次に向かったのは国分寺跡。
八世紀に聖武天皇の詔により全国に国分僧寺と国分尼寺が置かれました。
しかし、律令体制が崩れるに従い、国分寺が国分寺としてのまま残らない事も多く、別宗派の寺院となっていたり廃寺院だったり…
ここ上総の国分寺は上総国分寺跡でありながら、現在は真言宗の医王山清浄院として薬師如来が祀られています。
現在も国分寺という名称のままであるようですが、少なくとも上総国分寺としての創建時に真言宗であった筈は無く、かつての国分寺が荒廃した跡に新たに建てられたのでしょうか。
次は市原市歴史博物館へ。
現在、催事として先日100周年を迎えた小湊鉄道の展示が展示されているのです。
建物はそれほど広い訳ではないですが、まだ新しいと見えて、綺麗な施設でした。
我が船橋市の郷土資料館はかなり負けているぞ!
昼食後には120段くらいの石段を登り、権現森の武峯神社へ。
この辺りは、2015年に近くの六地蔵バス停から笠森観音まで歩いているのですが、ここには来ていなかったかな…よく覚えておりません(。>д<)
そして、ここには四方を衛兵に護られているかのような三角点も有りました。
石段を下り、次に長柄町横穴群へ向かいました。
ここは山肌に穿たれた古墳時代後期の墓所であり、2013年5月に出た「長柄タウンサイクルパレード」にて、おそらくこの前を通過していました。
何処をどう走ったのか分かってはいませんが、何やら不思議な場所の隣を通ったぞ…と思っており、後に何処かで見掛けた長柄町横穴群の写真で、あぁあの時通過した場所だ!と、いつか行かねば!と思っていたのです。
先ずは資料館を見学し、いよいよ横穴群へ!
なんでも崩壊が激しく、埋める事で保存したり、入口を封鎖しているも有るようですが、しっかり中を見れる穴も多く残っておりました。
なんにしても、主観的には初めて来て以来、干支が一周する寸前に漸く見に来れたという訳です( ̄▽ ̄;)
といったところで帰路につき、産直に寄って帰宅しました。
この日は上総の歴史満喫です〜
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