曖昧さが日本人は大得意です。とりわけ宗教にかけては、キリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒、ヒンズー教徒から見れば曖昧な感じにしか見えないでしょう。タイ、ラオスの戒律厳しい小乗仏教の信者から見ても同じだと思います。
明治以来日本のインテリは「近代化要素」の中の「世俗化」を堅く守って「非宗教」まで突き進むのですが、精神性を考えるならキリスト教をイメージします。自分は神道と関係ないとした心もあって、神道は宗教とはいえないという線の態度が多かったと言います。
しかし現在では、キリスト教のような教典宗教だけが世界に浸透しています。仏教を大乗仏教という形にした日本人は、別に何もしなくとも念仏を唱えていれば成仏できると思っています。
お宮参りは「神社」で、お墓は「寺」、結婚式は「教会」という曖昧な日本家庭の若者が常識のごとく儀式を行う。キリスト教の聖書の認識もありません。日本では100年近くクリスマスだけだったキリスト教が3つ目の習俗的宗教になった感があります。
クリスチャンでもないのにキリスト教会での挙式を認め続ける限り、また花嫁が和服よりウェディングドレスを好み、「愛」という言葉、誓いのキスに憧れを感じる限り、指輪の交換も神式も取り入れてこれは続くでしょう。
日本人には宗教心はないのでしょうか。神社仏閣への初詣での物凄い人を見よ。終戦後は馬鹿にする向きもあって滅びてしまうかと思われたのですが、キリスト教会の十字架もその敬意の対象でもあるのです。
イスラム教の原理主義者集団であるアフガニスタンのタリバン政権が、岩に刻んだ古代の巨大仏像を火薬で破壊して世界を驚かせました。他の宗教を認めない一神教で偶像礼拝禁止が徹底している彼らから見ればその像はまず単に物であり、しかも邪悪なのかもしれません。
日本人だと、無関係な宗教、例えばインドのヒンズー教の像であっても、なんとも思わないでしょう。もちろん織田信長の石山本願寺を焼き討ち、皆殺し、明治初期に神仏混淆を廃する動きで寺を破壊した事例などありますが、日本人の神に対する敬意は、自然のたたずまいをも対象としています。
樹木、滝、山が敬愛され、祭られる。それについての典礼の一般的規則などありません。それでも、これが宗教なのでしょうか。教典宗教から見れば曖昧な日本人にうつるのでしょう(笑)
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