ドキュメンタリー。
監督は自分の家族を20年以上撮り続けた。
そもそものきっかけは、8歳年上の姉が統合失調症を発症したこと。
簡単に流れを書く。
父も母も医師免許を持つが、どちらも研究者で実際に患者をみていない。
姉は絵を描くのがうまい、家の中には何枚も姉の絵が飾ってある。
医師をめざし、4浪して「医大」に入る。
解剖実習がはじまる3年生になったときに、最初の発作が起きる。
夜中に叫び始めてとまらなくなり、救急車を呼ぶ。
受診先を「自分の教え子のやっている精神科」に指定したのは父親。
入院した翌日、父親は姉を迎えに行く。
「どこも悪いところはない、こんなところに連れてくると心の傷になる」
と言われたとのこと。
入院時に付き添った母親も、医師に「100%正常」と言われたと言う。
そこから、長い長い「正常と信じたい両親とキチガイ娘」の生活がはじまる。
弟(この映画の監督)は大学卒業後に家を出て遠い場所で就職し、
お正月に帰省する。だから画面の中はたいてい年末か新年だ。
最初の発作は1983年、映画の勉強をした弟がカメラを回し始めたのは2001年。
家族の記録をホームビデオで作る、とウソをついて始めた撮影。
2008年に、弟が勧めて姉をやっと専門科の病院に入院させる。
薬が合ってかなり落ち着き、3か月後に退院する。
それでも夜中に「家に刃物を持った男がいる」と警察を呼ぶこともある。
母に認知症の症状が出て、83歳で亡くなる。
60歳前に姉に進んだ肺癌が見つかる。
父親が脳梗塞で入院する。
おそらく抗がん剤を使ったのだろう、姉は62歳まで生き延びる。
姉が亡くなったあと、家で、車いすになった父親に
「どうすればよかった?」と弟が聞くと、「失敗ではなかったと思う」と答える。
ほとんどの病気は「なぜなったのか、原因は何か」がわからない。
ただ「病気になった」とわかるだけ。それは精神の病も同じだ。
誰が悪かったわけでも何がダメだったわけでもない、ただ病気になった。
体の病気なら専門科にかかって治療をすればいい。
完治できなくても、少しでも病人がいいようになる方法を考えればいい。
それも、同じだ。
あとから見れば「最初の発作のとき治療していれば」と思う人も多いだろうが、
「2008年に入院」したからこそ「合う薬」に出会えたのかもしれない。
治療薬ってのはある時点を境に急にできて使い始めるものなので、
姉の肺がんも、効果的な抗がん剤が世に出たタイミングだったからこそ
亡くなる直前まで自宅療養をできたのではないかと思う。
もちろん、最初から何かの薬を使っていれば家族はあんなに苦労しなくて済んだはず。
大学生だった弟が一番大変だったかもしれない。
実際、自分だけで精神科に相談したり、病人の家族の家族会に入ったりしたようだ。
家から遠い場所に就職したのも「とにかく離れたい」気持ちだったはず。
それでも「映像で記録する」ことを思いつき、映画学校で勉強して、
撮影していて、「撮影だけじゃダメ、前に進まない」と思ったのは、
家族を見捨てることができなかったからだろう。
同じような境遇で、家を出て二度と関わらない(家族が亡くなっても)人たちも
たくさんいる。それも、無理もないと思う。
自分から「不幸渦巻く混沌の家庭」に戻るのはさぞかし勇気が必要だっただろうが、
病気の姉も、どんどん年老いていく両親も、完全に見捨てることはできない、と
決心したのだろう。
姉の症状自体は「統合失調症ではよくある症状と経過」で珍しくはない。
…医療を学ぶために精神科実習をしたことがあるなら「ああ、そうそう」という感じ。
暴力をふるうとかものを盗むとか家を破壊するとか乱倫だとか、
そういう「明らかに周囲に迷惑で通報されまくる」症状がなかったので、
両親はずっと「娘はどこも悪いところはない」とかくまっていられた、とは思う。
発作を起こしたあとは、医大に通学し学ぶことは不可能だったのではないか?
通学しても進級試験や卒業試験は無理だったのではないか?
どうしたのかは知らないがとにかく「卒業」したらしいのは、
父親がしばらく「医師国家試験」を受けさせようとしていたことでわかる。
ディープフリーザーや電子顕微鏡標本を切り出すミクロトームなど、
さまざまな研究資材がおいてある家の中の一室を母親が説明する場面があって、
「ご両親はまだ研究して論文を書いてるのか?」と思ったが、
あれは「娘を手伝って研究させ、論文を書かせる」ために用意したものだったのだな。
もともとのお金持ちらしく家も大きく立派なので可能だったのだろうが、
それらがどれだけ高額なものか知っているから、なんだか泣けた。
発症時から2008年に精神科受診をさせるまでの間、
どこかで父親は「娘は病気」であることに気づいていたと思う。
とても頭のいい人なのは、話し方でわかる。
脳梗塞は手足の自由やクチのろれつは奪ったが、頭の中身は変わらなかった。
母親は、わかっていたとしてもとにかく、娘をかばうことに一生懸命。
父親が何を言っても全部、娘に「いいほう」にしか考えない。逆は全否定。
弟も言ってたが、母親と姉にはさまれて、つらいことも多かったと思う。
母親が亡くなり、娘も亡くなったあと、父親はどれだけほっとしたことだろう。
「この二人を置いて死ねない」と絶対に考えていたはずだから。
人間は、過去に戻ることはできない。
だから「(こうならないためには)どうすればよかったか」という問いは無意味だ。
大事なのは、今に向き合い、今できることをやること。
その意味では、この家族は、病気の姉も含めて全員がよくやったと思う。
これ以外はできなかった、どうにもできなかった。
それが人生だと思う。
向き合わず、できることをしないと後悔するのではないか?
この監督は後悔したくないからこの映像を撮影し、公開した。
それでいいと思う。
ログインしてコメントを確認・投稿する