「そこのみにて光輝く」「きみはいい子」などで国内外から高く評価されてきた呉美保監督が9年ぶりに長編映画のメガホンをとり、作家・エッセイストの五十嵐大による自伝的エッセイ「ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を行き来して考えた30のこと」を映画化。「キングダム」シリーズの吉沢亮が主演を務め、きこえない母ときこえる息子が織りなす物語を繊細なタッチで描く。
宮城県の小さな港町。耳のきこえない両親のもとで愛情を受けて育った五十嵐大にとって、幼い頃は母の“通訳”をすることもふつうの日常だった。しかし成長するとともに、周囲から特別視されることに戸惑いやいら立ちを感じるようになり、母の明るさすら疎ましくなっていく。複雑な心情を持て余したまま20歳になった大は逃げるように上京し、誰も自分の生い立ちを知らない大都会でアルバイト生活を始めるが……。
母役の忍足亜希子や父役の今井彰人をはじめ、ろう者の登場人物にはすべてろう者の俳優を起用。「正欲」の港岳彦が脚本を手がけた。(映画.comより)
<2024年10月14日 劇場鑑賞>
主演吉沢亮。この作品、「コーダ あいのうた」と同じテーマだったのでちょっとびっくり。でも、同じように葛藤する若い子が主人公なんだけど、先に見た「コーダ・・・」はずっと両親の通訳していて、やがて歌の才能を認められて羽ばたいてゆく話だったけれど、今作は、もう早くから両親を拒否して怠惰に生き、ただ目的もなく東京へ出た男の子大のその後の話がメイン。前半で、祖父母・両親・自分(幼少期)と三世代の家族を描いた部分は、わりと丁寧に描かれていて、おじいちゃんがヤクザで乱暴な男だったり、それでも案外楽しく暮らして両親の通訳もこなす大が明るく描かれています。近所のおばちゃんが「植木鉢をひっくり返したのは大だ」と、証拠もなく疑ってかかるなど、不快な事件も描かれますが、偏見に満ちた人が一定の割合で存在するのは、厳しいけれど現実なんでしょう。
そんなこんなで、人と違う自分が嫌でふてくされていた思春期。でもこれは、多分codaでなくても通る道なんです。理由は何であれ、自分と自分の環境が無性に気に入らない時期って、ある気がします。で、高校を卒業するのを待って、目的もなく上京。その時、お父さんが素敵なエピソードと共に、上京を後押ししてくれます。
そして始まる後半部分。やりたいことが明確でない大は、俳優のオーディションを受けたり、なんとかしようとはするのですが、どれもやる気のなさがミエミエで、結局蹴られつづけます。最終的にはパチンコ店でバイト。でも、ここで耳の不自由な女性と出会い、彼らの集まりに参加するようになります。ここで、仲間ができただけでなく、良かれと思ってやったこと(飲み屋さんで率先して注文してあげる、など)が「それ、やめてくれる?私たち、自分でできるから」と言われて余計なことだったと気づくなど、学習の場にもなるのです。また、これは私も初めて知ったことなのですが、手話にも方言があり、大が使った手話で「あなた、東北の出身でしょ?東京ではそう表さないのよ」って指摘されるシーンがあり、「そうなんだ!」と思いました。
結論から言うと、やっぱり自分を愛してくれた母をおもんばかる、というシーンにたどり着くのですが、わりとこの後半がゆるい感じがしました。結局、大はいろいろなことができるはずなのに、いつも一生懸命にならない、というか。まぁそれも人生かもしれませんけど。
ちなみに、劇場は満席でした。過疎県和歌山の片田舎で、こんなことは珍しいです。やっぱ話題だったのねって思いました。
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