「バットマン」に悪役として登場するジョーカーの誕生秘話を描き、第76回ベネチア国際映画祭で金獅子賞、第92回アカデミー賞で主演男優賞を受賞するなど高い評価を得たサスペンスエンターテインメント「ジョーカー」の続編。トッド・フィリップス監督と主演のホアキン・フェニックスが再タッグを組み、ジョーカーが出会う謎の女リー役でレディー・ガガが新たに参加した。
理不尽な世の中で社会への反逆者、民衆の代弁者として祭り上げられたジョーカー。そんな彼の前にリーという謎めいた女性が現れる。ジョーカーの狂気はリーへ、そして群衆へと伝播し、拡散していく。孤独で心優しかった男が悪のカリスマとなって暴走し、世界を巻き込む新たな事件が起こる。
トッド・フィリップス監督のほか、脚本のスコット・シルバー、撮影のローレンス・シャー、前作でアカデミー作曲賞を受賞した音楽のヒドゥル・グドナドッティルらメインスタッフも続投。第81回ベネチア国際映画祭コンペティション部門出品。タイトルの「フォリ・ア・ドゥ(Folie à deux)」は、フランス語で「2人狂い」という意味で、ひとりの妄想がもうひとりに感染し、2人ないし複数人で妄想を共有することがある感応精神病のこと。(映画.comより)
<2024年10月13日 劇場鑑賞>
<ネタバレあり>
1作目の衝撃は忘れられません。ホアキンの演技のうまさも加わって、素人ながら、彼もほとんど神懸った感じで演技していたのではなかろうかと思ったほどでした。正直言うと続編なんてなくてもよかったと思ってました。前作は「バットマン」の話にとてもうまくリンクさせていたし、あれはあれで完結していたと思うからです。しかし、今回はレディー・ガガという超個性派を伴侶に迎えての新作。しかもホアキンも、そこまで必要性があったのかと思うほどの激ヤセぶり。前作が前作だけに、いったいどういう話を持ってくるのか、非常に興味がありました。
しかしながら、月並みですが、期待したものではなかった。これは私が深読みできていないだけかもしれませんが、一度「弱者のカリスマ」「権威主義に逆らうカリスマ」なんかになってしまうと、本人が好む・好まざるにかかわらず、イメージが独り歩きして祭り上げられ、熱狂する輩が出て来るのは自前の理。そして、こういう輩は「自らが思い描いた指導者」のイメージに合わないと、途端に幻滅。人によっては、信じていても暴徒化し、幻滅しても暴徒化してしまいます。ここはアメリカのトランプ次期大統領みたいに、どれだけイメージで祭り上げられても、なおそれに打ち勝つほどの強さがないと、本当のカリスマにはなれません。ジョーカーは、愛する伴侶を得て、彼女は彼のイメージに酔っているだけとわかっても(だって、最初は本当は裕福なおうちの子だって隠してたし)、普通な幸せを求める普通な男だということ(それほど強くなかったということ)をさらけ出してしまったから、結局ガガにも去られることに。
それ自体は深い話だと思うのですが、こういう展開の話って、今までも結構あったと思うのです。なので、既視感があるというか。今、ジョーカーで描かなきゃいけないことなのかと。もっと予想をぶち抜くような話でもよかったんじゃないかなぁ、と個人的には思います。
あと、裁判所の爆破。私は、これはガガがやったんだと思っていました。火を操れるような描写があったように思うし。でも、「彼のファンがやった」とする人が多いようですね。そうかもしれません。私は1作目の”ホアキンはバットマンと腹違いの兄弟かもしれない”という設定が「素晴らしい」と思っていて、母親の妄言ってことになっているけど、「精神病だ」と言われて入院に追いやられたのではないか、本当は面倒な真実にフタをされただけじゃないか、とうっすら信じている人なので、いつかその設定が復活しないかなぁ、と期待しています。怖くてすみません。そんなこと、ないよなぁとも思っているのですが。
ともかく、ハーレー・クインも含め、今後どういう展開になるのか、まったく予想できないので(ホアキンだって死んでないかもしれないし。何らかの方法で復活するとか)、むしろこの先が楽しみです。続編があればですが。
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