ブルトン人は5世紀に「ブルターニュ」から来ました。その「ブルターニュ」は今のイギリスの本島、古代ローマ人が「ブリタニア」と呼んだ島のことだそうです。彼らが住み着いたのでこの半島が「ブルターニュ」と名を変えたのです。彼らがもといた島の名がどうなったかは次の通りです。
ローマは1世紀からブリタニアを治めていましたが、現地のケルト人との接触が少なかったのか、ブリタニアのケルト人はラテン語に同化せず、ケルト語を話し続けていました。衰退したローマ帝国は407年、ローマ軍をブリタニアから撤退させました。
ガリアに進入した「蛮族」と戦うため、と歴史の本には書いてありますが、ローマ軍の去った後のブリタニアには同じ「蛮族」であるゲルマン人のサクソン族とアングロ族が今の北ドイツから進入するのです。この2つの部族はここで混じってしまったのか、このあとは今日にいたるまでアングロ・サクソン人と呼ばれています。
5世紀の間にブリタニアの平野部分を押さえ、伝説的なケルト人の首領アーサー王を敗退させます。以後ロンドンを中心とする地方をアングルランド、それが訛ってイングランドと称するのです。これがアングロ・サクソンの王国として育つのです。島の北部スコットランドにはスコット族などと混じっているがケルト人が住み続けています。
西部のウェイルズ、西南部のコーンウォールも同じです。いずれも中世からイングランド王国の支配を受け、英語が支配者の言語で、ケルト語は地方語となり、18世紀にコーンウォールでは絶滅したが、スコットランドのゲール語、ウェイルズのウェリッシュ語として健在です。
1999年からスコットランドは独自の議会を持ち、ウェイルズではすでに40年以上前から道路標識の地名はウェリッシュ語を上に書き、イングランド語を下に書くと法制化しました。
アイルランドはもっと古い別系統のケルト人が住み、ローマの支配は経験しなかったが、中世からイングランド王国に支配され、20世紀、日本の大正から昭和初期に猛烈な独立戦争を戦って、今やアイルランド共和国となっています。ケルト人唯一の独立国です。
だが、北アイルランドだけは18世紀からやたらにアングロ・サクソン人(プロテスタント)が移住して、多数派で裕福で、主権はイングランドに帰属したままです。そこで貧しいケルト人(カトリック)が独立(つまりアイルランド共和国への帰属)を求め、1960年代から武力抗争を繰り返しているのです。日本のマスコミではプロテスタント住民とカトリック住民の争いと説明しているのです。
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