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2024年11月23日07:12

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温暖化による人口増加

11〜12世紀の200年は、気候が温暖化し、ユーラシア全域で人口が増加した時代です。東方では、唐宋革命によって生産力が増大し、「澶淵システム」によって経済が発展し、社会が安定します。イスラム世界は、インドやアフリカまで広がりました。

東ローマ帝国は、東からトルコ系のイスラム教徒、西からノルマン人(バイキング) の圧迫を受けて、軍事力優先から外交優先の戦略に切り替え、東ローマ帝国の最盛期は終焉に向かいます。中国は長い歴史のなかで、 唐から宋に移る時代は大きな変革期でした。

唐宋革命と呼ばれる、さまざまな構造改革をへて、11世紀初頭に、今日の中国の社会や文化の原型ができます。まず、政治改革です。唐の武則天が活用した科挙が、宋の時代、全国に広がります。科挙というのは、 要するに国家公務員試験ですが、この時代、試験の最後に殿試といって、皇帝が合格者を面接して、順位を付けるようになりました。

するとどうなるか。皇帝から直々に「国の将来、お前に任すで」「この試験、お前が1番やったで」と声をかけられたら、うれしいです。だから、もともと試験で選ばれた有能な人が、忠勤に励むようになります。2番、3番もそうです。

こうして、中国全土から集まった有能な官僚が皇帝と強く結びつき、皇帝独裁を支えるようになりました。それまでの中国では、皇后や皇太后のお父さんやお兄さんなど、外戚と呼ばれる人たちがよく、政治に口を出していました。

けれど、この時期から外戚も貴族も姿を消します。同じ時代の日本で、外戚の藤原道長が我が世の春を謳歌していたのと比べたら、ずっと先進的な社会です。この時代の中国は群を抜いて世界の最先端を走っていました。

なぜかといえば、木版印刷が発達していたからです。科挙のような、全国規模の国家公務員試験ができたのは、参考書があったからです。全国どこでも役所には参考書がたかく積まれていて、やる気があれば、誰でも勉強して試験を受けられました。

中国は、早くも11世紀に実力一本勝負の社会になっていたのです。ほかの地域で公務員試験ができるようになるまでには、あと800年、待たないといけません。農業革命をもたらした温暖化と火力革命次に農業革命です。

これは気候が温暖化したところに、チャンパ米という早生のお米が入ってきて、米と麦の二毛作ができるようになったからです。単純にいえば、生産性が2倍になったわけです。 2倍の食料があれば、2倍の人口を養うことができます。

それまでの中国の人口は、漢の時代も唐の時代も最大5000万~6000万人でしたが、この時代に1億人近くまで膨れ上がります。農業革命を助けたのが、製鉄業の発展で、その源には、燃料として石炭とコークスを使う火力革命がありました。

高温で料理ができるようになって、中国料理が完成します。中国料理では、高温の油で食材を揚げます。お茶が普及して、おいしい料理と一緒に、みんながお茶を飲むようになります。すると陶磁器産業が発達します。陶磁器といえば、景徳鎮が有名ですが、景徳は宋の時代の年号なのです。

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