Facebook投稿から
道見 里美
我が家の裏に93歳になるおじいちゃんが暮らしてる。
同じ頃に家を建て、そこからのお付き合いになる。
ジムニーに乗り、釣りだ、山菜取りだ、畑だ、と
アクティブに動くおじいちゃんだった。
子どもたちが小さな頃には
まるで、自分の孫のように囲碁で遊んでくれたり、
親の私の帰りが遅くなればじいちゃんの家で遊んでる、
そんなご近所付き合いをしてくれてた。
やれていたことができなくなり
あの頃のアクティブさは薄れたけれど
杖をつきながら歩きつつ
93で、まだまだ畑に出る現役。
そんなじいちゃんが昨日、
「気になることがあるんだ」と我が家へやってきた。
どうやら、家の境界線のことらしい。
じいちゃんの庭の大きな石が
我が家の方へずれ込んできているのが
ずっと気になっていて、すまんのう、という。
「じいちゃん、ずっと気になっててな。」
私は、なんもだよ〜〜と返す。
だって、私の暮らしに今、なんの影響もないもの。
でも、じいちゃん ずっと気にしてくれてたんだね〜〜と
耳が遠くなっているじいちゃんに大きな声で伝えた。
「家を建てた時に、ここもしっかり作ればよかったんだが
あの時、金がなくてなぁ…」
うんうん。
じいちゃんちの庭を眺めながら話した。
「そいや、こないだお姉ちゃんが東京から帰ってきた時、
じいちゃんにもお土産持ってきてくれて嬉しかったなぁ。
顔見せてくれてほんとの孫よりも良くしてくれとるわ。」
いやいや、こっちの方が
じいちゃんにたくさんお世話になってるよ。
子どもたちが小さな頃どんなに心強かったかしれないよ。
「そういやね、じいちゃん忘れられないことがあるんだよ。
下の弟が小さな頃、一緒にスーパーに行ったことがあってな
キャンデー買いに行くか、と二人で歩いて行ったんだよ。
彼に、アイスを渡したら
「ねぇねぇのは?」と言われたんだよ。
あれには、まいった。
あぁ…しまった、忘れとった。
お姉ちゃんのこと じいちゃんは忘れとった。」
20年前くらいの話し
そんなこと大丈夫なのにぃぃ、と私は心の中で思ったけれど
じいちゃんには、ずっと残っていたんだなぁ。
じいちゃんには 「うんうん、そっかぁ。」と返した。
じいちゃんの庭には
毎年、甘くて立派な桃がたわわになる。
小さな庭には、立派な大根にトマトと
すぐ食卓に上がれるような野菜がなってる。
「声をかけてやるとそれに応えるように育ってくれるんだよ。
なんでも同じじゃろうな。」
じいちゃんが最後に言う
「生きてればいろんなことがある、
息を吐く時は死ぬ時だ、それまで、頑張るんだよ。
なんかあったらいつでも言いなさい。」
あぁ、懐かしいなぁ、思い出した。
目が不自由になり、全盲になった父が私に会う度に言ってたなぁ、
「困ったことないか?なんかあったらいつでも言いなさい」って。
目の見えない父よりも私の方ができることあるじゃん、
それは私のセリフじゃないか?と
あの時思ったけど違うんだよなぁ。
違うんだよね、きっと。
誰かに頼られるって嬉しいもんだもんな。
近々また、じいちゃんに
草むしり 頼むとしようかね。
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