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2024年09月23日09:19

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本「僕が生きてる、ふたつの世界」

先日見た映画の原作。小説でなく自伝的なエッセイ。
もともとの題名は
「ろうの両親から生まれた僕が聴こえる世界と聴こえない世界を行き来した考えた30のこと」
という長いものだが、映画を見てこの本を読んでの感想は
「もともとの題名のほうが作者のいいたいことが伝わるのではないかな」
ということだ。

家の外では「聴こえる」人たちばかり。
家の中では父母はろうだが、祖父母は普通に聴こえる。
父母とのコミュニケーションのみ手話が必要。
こどものころは、そのことを特に気にしていなかったが、
学校に入り学年が進むと、「聴こえない」ことの特別さがはっきりしてくる。
世間では理解されず差別もされる存在であることを思い知らされる。

祖父母だって、はじめは母(自分たちの娘)がいつか「聴こえる」ようになる、と
信じてしたから無理に普通学校に上げて、母の初期教育をめちゃめちゃにした。
小学校で友達ができて家に呼んだとき、母が甲高い活舌の悪い声で
「いらっしゃい」と言ったのを聞いて「お前のかあちゃん、話し方が変だな」と言われ、そのあとは友達を家に呼ばなくなる。
近所の花壇が荒らされたとき、証拠もないのに自分のせいにされ、
その理由が「普通じゃない親の子は普通なわけがない」から。

公立高校受験に失敗し、私立に行くが「大学受験」に特化した授業速度についていけず
中退する。
これはもちろん「自分のせい」だが、心の中では「親のせい」になっている。
「有名な役者になってみんなを見返してやる」とオーディションを受け続けるが、
そもそも役者になりたいわけではないので熱意が足りず、合格しない。
周囲から「聴こえない親のいる気の毒なこども」とみられるのがいやだ、という理由で
上京してバイトを渡り歩く。

このへんはまあ、ろうの親がいなくてもよくある「青春の行ったり来たり」だろう。

バイト先に耳の聞こえないお客が来て、接客に苦労しているレジ係を見て
手話でお互いの通訳をした、という経験から考え方や行動が変わってくる。
東京は広くて人口が多い、「聴こえない」でも生活している人間も多く、
「聴こえない親を持つ聴こえるこども」(コーダ)もたくさんいる。
手話にも方言(地域特有の手話)があると知って手話サークルに入り、
聴こえない友人もできる。
飲み会でみんなの注文をまとめて店員に伝えたとき、あとで聴こえない友人に
「できることはわたしたちにやらせて」と伝えられ、はっとする。

「聴こえない」はかわいそうな保護すべき対象、差別と蔑みの相手ではない。
たまたま「聴こえない」世界に生まれたが、「聴こえる」世界に順応して生きている。
日本以外の国出身の人間が日本で生きるために言葉や文化を学ぶのと同じ。
その場合、日本にいれば日本語を使わないと不便な場面は多いけれど、
その国の言葉を少しでも知っていれば相手に歩み寄り、お互いに理解を深めることが可能。

「ふたつの世界」とはそういう意味であり、手話は他国の言語と同じ。
コロナ後に外国人旅行者が増えて観光地では英語の学習が再開されたのと同じく、
ろうの世界の人間が身近にいるなら手話を知りたい、と思うはずなのだ。
「ろうの親」がいることを隠しても、遠くはなれていないことにしても、
問題は何も解決されない。

…という話であった。
原作はそういうことが書いてあるのでわかりやすい。
映画は寝たきりになった祖父母の介護とか学校でのいじめの話が入って、
(優生保護法がまだあった時代のろう者の妊娠中絶問題も出てくる)
コーダとして自覚し苦しみ否定し最後にやっと理解する流れが見えにくくなっている。

そして、映画を見ていてなんだか不自然な感じがしたのは
「東日本大震災」について全く描かれていなかったからだ、と
原作を読んで気づいた。
宮城県の海辺に実家があるのだから、震災に関係ないなんてありえない。
原作では、東京で「大きな揺れ」を感じ、ラジオで震災を知る。
幸いなことにメールで「みんな無事」であると知ったが、
新幹線が復旧した2か月後に故郷に駆けつけると、見るも無残な風景が待っていた。
実家は運よく少し高台にあったので波をかぶることなく無事で、
父は出張中、母と認知症の祖母は近所の人が連れて避難してくれていた。

震災の2年後、祖母が亡くなる。
「大好きなお母さん」が死んでしまったと嘆く母を見るうちに、
自分は母が死んだら後悔することばかりになってしまうとはっきり自覚する。
ずっと嫌いだった母に謝罪し、恩返しするためにこの本を書いた。

自分が母を嫌った理由のひとつが、ろうという状態への無知と無理解。
その原因は情報の足りなさ、であるから情報発信を、という流れがわかりやすい。
人間は自分のやりたいことを見つければまっすぐ進むものだ。
映画は「ろうの人たちの生きづらさ」みたいなものも広く描こうとして
小難しくわかりにくいものになっているのが少し残念。
そして、確かにこれを入れてしまうと物語が広がりすぎてしまうのだが、
宮城県の海辺に生まれた設定を変えないなら、
東日本大震災の話題を完全スルーしたのはあまり褒められたことではない。
震災も、考え方が変わる大きなきっかけになったと本に書いてある。

あの震災で、この土地のいろいろが大きく変化し、そこに生まれ育ったなら
ものの見方考え方も変化して当たり前だ。
もしこれで死んでしまうなら愛する人といっしょにいたい、と考えて
震災後に結婚を決意した人たちを知っている。
この本の作者は「心の中では母がずっと大好きだった」ことをはっきりと認識できた。
大変な被害をもたらした大災害も、そこから学ぶことができ得るものがある。
津波で海底がかき回されることで漁獲量が増える魚もあるように。
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