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2024年08月06日08:59

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毎年のように思うこと

■広島 きょう79回目の「原爆の日」
(TBS NEWS DIG - 08月06日 06:42)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=266&from=diary&id=7969085
原爆投下が非人道的とか不必要な虐殺という人が居るが確かにそうだが、この出来事の本質を問わなければならない。
たった1個の原爆で亡くなった人が多いから象徴的に言われていて今後もこの兵器が使われないよう訴えていくことは大事なのだが、どうやっても拭えない違和感がある。

それは当時の日本人の心持ちである。
軍人でさえアメリカとの戦争は勝てない、間違い、すべきでないと言っていたのに一部の強行的な軍人、政財界人、一般市民、一部メディアが暗殺や権力争いの中で始めた。
中には間違っていると思っている人も多かったと思うが、無関心だった人も多かった。それは自分の生活の方が大事でそんなことにかまっていららないということ。

「それは今も変わっていない」

戦争の原因はそうやって生まれ、起こる。
原爆の始まりがそこだったということに誰も言及しない。
そして多くの人が間違っていると思っているのに止まらない。それは日本人的な習性が原因でもある。みんながそう言っているから、自分だけが悪者になりたくない、家族が居るから、周りの目があるから、一人だけ異論を言うのは恥ずかしいなどだ。
だから、その時代の人になぜ戦争を始めたの?とか止めなかったの?と訊いても
「そういう時代だったから」
と言うのだ。

そういう日本の状況をアメリカは諜報活動で全部知っていた。一億総特攻の意味も。要するに国民全員がアメリカ兵と戦うという話。そして訓練は女子供にも及びそれは止まる気配もなく、日本の軍も政府も戦争を止める気もない。もし自分がそういう情報を受け取ってそれでも戦争を続けなければならないとなるとどうするか?
新兵器を使うという流れは自然な展開だろう。
もし、これが日本で戦争を止めるとか政府や軍部を倒そうという動きがあったらアメリカはその抵抗組織に武器を渡して支援しただろう。そんなことも起こらないなら止む負えない。
だから原爆投下で問われているのは使用されない未来の話だが、自分たちの今後問題をも問われているのだと思う。もし、虐殺も厭わない者が日本政府を乗っ取り、もう一度戦争をする国になった時に家族が根絶やしになってもそれに抵抗する「勇気」があるか?という問題である。

もしそれが出来ず、同じように
「そういう時代だったから」で終らせるなら今度こそ、何発も原爆を使われて日本と言う国が無くなるまで破壊される可能性があるだろう。

ただ、戦争反対というのは簡単だがどの戦争もケースが違う。どれもに当てはめることも出来ないしそれを判断するのは我々だ。無関心と言うのが一番いけない。今後ロシアや中国が起こす戦争に対し、日本人一人一人がどう決意するかだ。

尖閣や北海道が取られても日本は戦争をしない国だから抗議して返してもらうよう話し合いをするのか、ウクライナのように抵抗して戦うのか、それぞれがどういう思いでそういう難局が来た時に考えて行動するかだ。国際的な支持が得られることか?その支持があれば戦争に勝てるのか?いろいろな条件が交錯する難しい判断になる。

民主主義は戦前だって民主主義だった。天皇制だったが議会は国民が選んだ。そういう意味では今も同じで国民一人一人が政治や国際情勢に関心を持ち考える「責任」がある。
それが民主主義だ。難しい話はしたくないとか、どうせ考えても分からないからというのなら「おかみ」主義な国にすれば良い。そうなると今度は好きな時に国の政策や戦争に駆り出されるようなことになると思うがそれでもいいなら何も考えず、「おかみ」主義を選べばいいと思う。それも日本人の判断だが、国際的な信用が落ちるだろう。

原爆の話は長崎と広島の話ではない。B29による都市爆撃で他の都市でも大被害を出しているわけだ。だから皆、当事者であり、反省と言うのは何に反省したのかをよく考えないといけない。その根底には「原爆は酷い兵器」だけで終るのではなく、日本人の行動特性を知り、今後どうするのかを考えないといけない。

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