先日、電車の中で見掛けた新刊広告ですが…
えっ、ミスターBD(@ ̄□ ̄@;)!!
ミスターBD(バックドロップ)と言えば、かつてレイジングスタッフ、平成維震軍、犬軍団などのヒールユニットで活躍した元新日の後藤達俊の二つ名です。
長州らがジャパンプロレスを結成して新日を出た頃、薄くなった選手層を埋める為、当時の若手選手がどっとデビューした時期が有りました。
その中には後の闘魂三銃士や獣神サンダーライガー、船木らがおり、瓢箪から駒とは言え、新日の平成黄金期のスターを多く輩出した時代です(船木は海外遠征後UWFに移ってしまいましたが)。
若手選手が多くいたことからでしょうか、第一回ヤングライオン杯が開催され、その決勝戦がテレビ朝日ワールドプロレスリングの中でも放映されていたように記憶しています。
その記念すべき第一回ファイナリストは優勝した小杉俊二と準優勝の山田恵一(後の獣神サンダーライガー)ですが、実は本来は後藤が決勝戦に進出していたのに、負傷の為に棄権、無念そうなスーツ姿の後藤も画面に登場しておりました。
海外では桜田一男(ケンドーナガサキ)とライジングサンズを結成して活躍、凱旋帰国したものの、桜田負傷の影響も有りこちらは鳴かず飛ばずで終わり、再びヤングライオン杯へ。
この第二回大会も決勝戦に進出しますが、今度は山田恵一に敗れて準優勝に終わりました。
この頃だったか、週プロに「死ぬには惜しい男たち」という記事が何回かに渡って掲載され、その中で前述の小杉俊二やアポロ菅原らと並んで後藤も出ていた事を覚えています。
UWFに続いて長州らが新日にUターンした後、IWGPジュニアヘビーのトーナメントが有り、ここではフライングラリアットから保永に勝利という金星!
後のヒールターン以降の印象と異なり、この頃は細めのジュニアヘビーだったのでしょうか。
ジュニアとヘビーの境界もけっこう曖昧な時期でもありましたが。
この少し後くらいまでは会社からチャンスを与えて貰いつつも、なかなかそのチャンスを掴めずに中堅に燻っていた印象ですが、保永、ヒロ斉藤と合体し髪を金髪に染めてヒールターン。
そのブロンドアウトローズにスーパーストロングマシンが加わったレイジングスタッフ。
このレイジングスタッフ時代に、得意技のバックドロップで馳(現石川県知事、元文部科学相)を心肺停止(無事に蘇生)させた事などから、ミスターバックドロップ、ミスターBDと呼ばれるようになりました。
入場曲の曲名もミスターBDです。
そしてマシンとの確執からだったか、その後に平成維震軍へ移ったのですが、それまでの金髪からスキンヘッドに眉毛まで剃り落とした風貌に(@ ̄□ ̄@;)!!
この平成維震軍時代が後藤が一番輝いた時代だったでしょうか。
平成維震軍解散後は小原と共に犬軍団、蝶野らとチーム2000、エンセンらとクレイジードッグスなどで暴れ回り、新日退団後はフリーを経て藤波の無我に加わったものの、無我にヒールは不要との藤波と対立して退団。
その後はインディ団体に上がっていたそうですが、2011年以降は消息不明となっているそうで、もうプロレスとは関わりなく生きているのでしょう。
さて前置きが長くなりましたが、強烈な個性を発揮しところどころで耀くものの、全体としては中堅といったポジションのレスラーだった印象です。
私の中では、その後どうなったかな?と時折気になるレスラーの1人であり、電車内の広告で突然名前を見掛けた(と思った)時は驚きました!
あっ違った…別の人だった(。>д<)
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