「ロシア正教」とは何か。世界史で必ず登場するローマ帝国。当初はキリスト教を認めませんでしたが、次第に信者が増えてきたことから、西暦313年に公認し、西暦392年、テオドシウス帝がキリスト教を国教とします。
しかし皇帝は3年後に死去し、ローマ帝国は東西に分裂します。これに伴い、キリスト教も東西に分裂しました。西ローマ帝国のキリスト教は、ローマ・カトリック(西方教会)です。その後、時間をかけてヨーロッパ全土に広がっていきます。
やがて、宗教改革が起こり、プロテスタントと分裂します。一方、東ローマ帝国(のちにビザンツ帝国。首都=コンスタンティノープル)は、ギリシャ正教(東方正教会)からスタートし、 北 (東欧など)に影響力を広げていきました。
当初は拠点が異なるだけで1つのキリスト教だったローマ・カトリックと東方正教会ですが、両教会は対立が激しくなり、11世紀になるとお互いがお互いを破門するという形で分裂し、別の道を歩みます。
ちなみにカトリックとは「普遍的」という意味で、西のローマ・カトリックは、ローマ教皇を頂点とするピラミッド型の組織となっています。世界のカトリックの信者は、みんなローマ教皇に従わなければなりません。
一方、「正教」とは、「オーソドックス=正しい教え」を意味します。東方正教会では、各国の教会は対等です。国ごとにおのおの独立した教会をつくり、それぞれの国に総主教がいます。全体を統括するようなトップはいないというのが東方正教会の特徴です。
とはいえ、筆頭格は、歴史的な経緯からギリシャ正教発祥の地のコンスタンティノープル総主教となります。東方正教会はギリシャ正教会から始まり、アルメニア正教会、グルジア(ジョージア)正教会、セルビア正教会と、それぞれが独立した教会をつくっていきました。
ところが例外があるのです。ロシアとウクライナとベラルーシは、3つがまとまってロシア正教会の管轄下に入ります。そして、ロシア正教の総主教が3カ国のトップになります。ロシア正教会には、正教会における最高位聖職者である「総主教」がいたのですが、ウクライナ正教会、ベラルーシ正教会には総主教がいなかったのです。ワンランク下の階級の「府主教」だったのです。
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