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2023年09月20日04:58

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安保条約改定が成立の夜

雑誌「世界」五月号の、デモ隊をさらに奮起させる大論文が話題になります。これが後々まで語られる名論文でして、清水幾太郎の「今こそ国会へ請願のすすめ」というものでした。一部を読みます。

「今こそ国会へ行こう。請願は今日にも出来ることである。北は北海道から、南は九州から、手に一枚の請願書を携えた日本人の群れが東京へ集まって、国会議事堂を取り巻いたら、また、その行列が尽きることを知らなかったら、そこに、何物も抗し得ない政治的実力が生まれて来る。それは新安保条約の批准を阻止し、日本の議会政治を正道に立ち戻らせるであろう」

これが評判になりまして、その呼び掛けに応えるかのように「さあ国会へ行こう」と、各地から多くの人びとが上京してきて、五月から六月にかけて毎日数万の請願デモが国会に押し寄せました。そしてそのクライマックスは六月十五日夜でした。

デモ隊が議事堂の門を突き破って中に突入したことから、警官隊がデモ隊に襲いかかり、それこそ数万人同士の大乱闘になりました。それで午後七時頃、東京大学文学部の学生だった樺美智子さんが、南門でしたか、大混乱のなか転んで踏みつけられて死亡したのです。

その後も火が焚かれ、ライトがつけられて一晩中戦争のような状態が続きました。後の東京消防庁の発表では、重傷43人を含む5百89人が負傷したということですが、もっと多かったのではないでしょうか。それでも岸さんは動じません。

6月16日の会見で、記者から「国民が大きな社会不安をもっている。人心刷新が必要ではないのか」と、暗に「辞めないのか」と質問されても、「私は諸君とは見方が違う。デモも参加者は限られている。都内の野球場や映画館は満員で、銀座通りもいつもと変わりがない」と剛毅な答弁をしたのです。

これが「それでも後楽園は満員だ」とワンポイント・センテンスで伝わりましたから、なにをとさらに反発をかいました。ここでさすがに臨時閣議が開かれることになり、治安が保てないという理由でアイゼンハワー大統領の訪日は中止してもらうことに決まります。

それでも死んだつもりで自然成立の日まで押し切っちゃおうという覚悟でしょう、デモは続けど、とうとう6月19日がやってきます。夜12時が過ぎれば新安保条約は自然成立です。国会を取り巻く約35万人のデモ隊からも、時刻が12時を過ぎた瞬間、心からの大きなため息が漏れたということです。

岸さんはといえば、回顧録によると、18日から19日の朝にかけて佐藤蔵相と二人でブランデーをなめなめ時を待っていたようです。19日の朝がくるとひと言、「棺を蓋いて事定まる」自分が死んだ後にはこの事が理解されるだろう、という意味だと思いますが(出典は中国の「晋書」だそうです)、そんなせりふを残して官邸を去り、私邸に戻ったそうです。こうして岸内閣の目標だった安保条約改定が成立したわけです。

石原莞爾平和思想研究会 (ishiwara-kanji.com)

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