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2023年09月02日07:43

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2023長崎の旅日記2日目


フォレストヴィラの朝食会場は、フロント近くにあり、ガラス張りで外が広々と見えるところでした。3300円の朝食バイキングは種類も豊富で感動するレベルではなかったものの、普通に美味しかったです。

朝食会場へは7時に行ったので、とても良い席に案内されました。その後は、朝からアクティブに遊びたい方達が多く、すぐに満員となりました。朝食終了後、チェックアウトして、荷物をフロントで預かってもらい、ホテルからもらったパスポートで遊べます。

園内には1時間前に入れる特典がついているので、念願のVRワールドにむかいました。アトラクションはウルトラ逆バンジーと激流ラフティングをどちらか選びます。皆様は激流ラフティングに並びました。激流ラフティングとウルトラ逆バンジーの両方を楽しむためにはもう一度列に並ぶしかないのです。

ラフティングボートは2隻、各4人乗りです。スタッフさんが1人1人にゴーグルを着けたらスタートです。この少し前にディズニーシーのソアリンに乗っているので画像を比較してしまうと差があると感じました。その後は、ひまわり畑などを通りましたが、お天気で街並みが美しいけど暑いです。

そして、昨日、断念した宇宙のファンダジアにいったところ、待ち時間なしで入れました。係りの方と一緒に30分歩いて見学するような感じでした。次にカロヨンファンタジアへ。本来はカリヨンと呼ぶのですが、ハウステンボスではカロヨンと呼ぶようです。正式に世界カリヨン連盟に認定されている物は日本に3台しかない貴重な楽器です。

他の2台は兵庫県と滋賀県にあります。中に入ると練習用のカリヨンがありました。先へ進むと光の柱がある通路へ出ます。この光に触れると鐘の音が鳴ります。これは「未来のカロヨン」と呼ばれているみたい。光の柱を抜けると、高さ9mもの大きなカリヨンが現れます。数年前まではアトラクションとして使われていました。

その後は封鎖され、放置されてきました。現在カロヨンファンタジアで聴くことのできる曲は3曲、自動演奏(ワイヤーとつながったドラムがオルゴールのように回転する事で音が鳴る)です。人に演奏してもらうことは考えてないとの事でした。ただ、自動演奏でも美しい音色を堪能できるので、個人的には満足です。

3曲の光と音のショーを楽しんだらおしまい、出口へ向かいます。今後は曲のパターンを変えることもあるかもです。出口前では鐘を叩いて鳴らせます。その鐘の音に呼応するように光が灯ります。ぜひ音と光の融合した空間を楽しんでください。

幸せの鐘もあります。手回しカリヨン。ロープを引っ張って回転させる事で鐘が鳴ります。回す速度や方向で違った色を出します。出口には水時計がありました。下の盆に少しずつ水が溜まり、沈む事で歯車が回って時を示すそうです。

ここから向かいにある、アートファンタジアへ行きました。大きなダンスオルガン。以前ハウステンボスでイベント用に使われていましたが、現在は壊れて動かないそうです。楽器の説明のあと、天井から左右までの広い壁面にプロジェクションマッピングが映し出されます。とても美しい映像と音楽で、2人の男女の愛の物語が展開します。春夏秋冬を昭和の感じで演出してあります。個人的にはとても胸を打ちましたので動画をアップします。

その後、ミッフィーとのグリーティングなどをした後、まだ、いろいろと楽しめるところがありましたが限りある時間がやってきました。預けた荷物を取りに戻り、リムジンバスでハウステンボスの入り口まで向かい、お土産を購入しました。

ハウステンボス駅までの周りはとてものんびりとした田舎風景がひろがっていました。在来線電車に揺られ乗ること、1時間半。長崎駅に到着。JR九州ホテル長崎にチェックインしました。口コミや評判がよかったのでデッラックスの部屋を選びました。7階の一番奥の一番大きな部屋です。ホテルの名前とおり、とにかくJR長崎駅に近いのが特徴です。

高速バス・空港バスも長崎駅が発着となるのでアクセス面では申し分ないです。高級感や派手さもない反面、シンプルでスッキリした客室通路。照明は明るめでした。あまりにも条件がよいのでバスツアーの団体とかうるさいかなとおもっていたけど、一番奥の部屋だったので気になりませんでした。カードキーはかざすタイプのものでした。

隣接するアミュプラザ長崎でも最後に買い物ができるので手土産に困ることはまず無いでしょう。さて、荷物を部屋に入れたら、「グラバー園」に路面電車で出かけました。イギリス人のグラバーは1861年、長崎にグラバー商会を設立しました。トーマス・ブレーク・グラバーはスコットランド出身の実業家で武器商人として幕末の日本で活躍していました。

グラバー園の写真を撮ろうとしていたらSDカードがいっぱいになってしまい撮影できなかった。そのあと、大浦天主堂にも行ったのですが、撮影できないのなら行く気が起こりませんでした。お腹がすいたのでオランダ坂を横目に見て日本三大中華街のひとつに出かけました。横浜中華街をイメージしていたので小さくて、びっくりでした。

朝食べ過ぎていてお昼にトルコ料理を食べる予定だったのですが、いけなかったのが残念です。長崎市新地中華街に新しい中華料理店「龍勝楼」に入りました。後から調べて分かったのですが、上海の系列店で、有名店やホテルなどで活躍された料理人が作る本格中国料理です。上海で食べた料理も何を食べてもおいしかった。ここのお店もおいしい。

コース料理を自分でアレンジして注文していたのですが何を食べてもおいしいです。アルコールもいろいろと呑んで、最後に九州の地酒を店長に次いで頂きました。すごく混んでいてひっきりなしに客が入ってきます。その後、コンビニでSDカードを発見して購入できました。グラバー邸から中国料理まで撮影できなかったのは残念です。

長崎新地中華街から「出島橋」を渡ります。「出島橋」は、日本最古の鉄製の道路橋です。車が多く、歩道はとても狭いので、歩くときは注意してください。中央・表門メインゲートのみオープンしていました。横から見ると凄さがわかります。中島川に架かる橋で、現在の橋は1910年に現在の位置に移設・改称されたものです。

米国から輸入した錬鉄を用いたピン接合のプラットトラス橋で、日本における鉄製トラス初期の橋のようです。見た目はシンプルな感じがしますが、100年以上も道路橋として使用されていると思うと、感動します。出島橋の下流側から石段の遺構を発見「出島表門橋公園」。キレイに整備されています。

パンフレット情報になりますが、最先端技術の橋は、未来への日蘭交流を象徴する架け橋です。敷地内には鎖国期の復元建物や明治期の建物などがあります。まずは、入って左側を攻めました。「旧石倉(考古館)」へ。こちらは、幕末の復元建物で、幕末の商社の石倉です。坂本龍馬たちの海援隊とも取引されていたようです。

当時、この一帯は石造倉庫が建ち並んでいたようで、大浦天主堂やグラバー邸など建設を行った小山秀之進によって施工されたと言われています。現在は、内部は考古館として使用されており、出島で出土された品、陶器の展示や発掘調査からみえてくる貿易や生活などの紹介をされていました。たくさん展示品があります。外へ出ると、暗くなっていた。

「陶製の門柱」長崎市立博物館から出島に移設されたようです。もともとは出島居留置にあった店舗のものだそうです。柱の横に説明文が書かれています。陶製の門柱をくぐると、「ミニ出島」があります。見応えあります。真上からも写真が撮影できます。

「オランダ石門」をくぐります。「旧出島神学校」。1878年(明治11年)に建てられた、日本最古のプロテスタントの神学校です。「出島」には明るい時間に来ることをおすすめします。

「筆者蘭人部屋」2階の窓の手すりには、当時のオランダでよく使われた緑色の塗料が使われ、窓はガラス窓になっています。「十四番蔵」では、出島と長崎の街を繋ぐ橋が紹介されていました。他にも、蔵の下の発掘遺構や出島の構造などが展示されていました。

「拝礼筆者蘭人部屋(蘭学館)」。こちらは、オランダ商館の首席事務員の住居を復元しました。中では、和時計が展示されていたり、出島から日本全国に伝わった蘭学について紹介されていました。「アマカワ遺構と埋め樽」。「種痘の普及」についての紹介もありました。

こちらは、発掘調査で出土した仔牛の遺体です。食肉用で解体されたのではなく、埋葬された状態で発見。牛痘苗の作成に使われた仔牛の遺体である可能性があります。「出島」の「十六番蔵」と「カピタン部屋」の間に建っている。

「時鐘」正午の合図に撞かれたり、貿易時は積載品が降ろされる時に撞かれたり、3度撞かれれば、事務官は揃って荷倉役のところに出向くと記録されているそうです。紐を引いて鳴らす西洋式の鐘で、18世紀のオランダで実際に用いたものを吊っているそうです。

「カピタン部屋」オランダ商館長のことを「カピタン」と言い、その「カピタン」が使用していた「カピタン部屋」は、「出島」で一番大きな建物でした。外観を見ると、左右から2階へ上れる屋根付きの階段が、お洒落な雰囲気を出していました。

「大広間」当時の豪華な料理などが並んでいる様子が見られます。畳部屋にシャンデリアや洋風家具などが並んでいて、なかなか面白い風景が見られます。「17.5畳の部屋」商館の主要な事務を執る場所のようです。船も展示されていました。

「料理部屋」は、オランダ人たちが費用を負担して建てさせた建物です。料理は、オランダ人や東南アジア人、日本の使用人たちが行っていたようです。食事を作る台所が再現されていました。調理器具などが展示されており、当時の雰囲気を感じ取れます。

「乙名部屋」日本側で「出島」の管理の実務を一手に担ったのが、長崎の有力町人から奉公が選任した「出島乙女」です。こちらでは、「出島」の貿易やオランダ商館員の生活を支えていた「出島乙女」の仕事ぶりを紹介していました。典型的な日本家屋のようです。

外観は暗すぎてしっかり見学することができませんでした。でも、部屋の中は畳部屋などしっかり見ることはできました。ゆっくり見たいのですが、電話がかかってきたので戻ることにしました。その時代にタイムスリップできたように感じます。さあ、帰りも「新地中華街」から乗車して、ホテルへ帰ります。今日も、めちゃくちゃ歩きました。(^_-)-☆

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