「のゆきさんは、さばけているからいいよね」
と同僚が言います。
事業所更新に向けての書類揃えを3ヶ月前から着々とやっていて、なんとか終了しているからです。
その同僚は、ハタから見て・・・「ヤバイやろ? マジ間に合うと?」レベル。
「さばけている」というのは、わたしという人間が自動でなんでもかんでも終わらせていけるシステムを持っているという意味だろうか?
そういうものがあるわけないだろう?
「さばけている、と言われても、同じ量の作業はこなすわけですからね、別に楽をしているわけじゃないですよ」と、また思ったことをそのまま口にしました。
だってさ、みんな「絵心がある」とか「さばけている」とか、まったく努力の課程を認めず、それは「天賦のものがあるから、はじめから苦労せずにできている」と言うのよ。
それは「自分も同じ人間だけど、そういうマシンみたいなものを持ってないから、あなたに比べて苦労をしているだけ」というエクスキューズですよね。
エクスキューズならエクスキューズでいいので、自己完結してほしい。
それをわたしに向けるのは完全に間違いだと思います。
たしかに。
書くのは異常に早いです。
とちゅうでトランス入るから、休憩もせずに一気に書くし。
頭の中の文章にキーボードが追いつかないくらいだから。
分量も人の何倍も書けます。
支援経過も計画書も「文章を考える時間」というのがまったくありません。
あとテンプレートもやまほど作っているから、一連の流れを書くにはテンプレートに、本人の状態のひとつやふたつを入れるだけ、10秒で終わります。
だから、事業所で一番件数持ってるし、追加のお手当ももらうよ。
でも、ひとそれぞれなんで、遅い人をディスらないよ。
だから「さばけてる」みたいなドラえもんのポケットを持ってるみたいに言わないでほしいと思う。
もともと文章書くのはシュミで早いだけなので、努力とは言わないのかもしれないけれど。
なんか、その過程をなかったものにされると、ちがうんじゃないかな〜と思うんです。
まあ、みんなの残業を尻目に定時で帰れるからいいけど。
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