船橋市を代表する河川、海老川の事は何度か書いております。
今夏は、源流の御瀧公園からなるべく流れに沿って歩いておりました。
しかし、海老川にはいくつもの支流が有ります。
前述の御瀧公園からの流れも、本流とされる流れのうち、念田川との合流点から下流が海老川であり、その上流側は北谷津川という名称になっています。
この北谷津川より東側に有る支流だけでも、念田川、高根川、宮前川、飯山満川、前原川、中野木川。
うち中野木川や前原川は、東船橋駅から歩いて帰宅する際によく見かけています。
(中野木川)
先日、残る念田川、高根川、宮前川、飯山満川の4つの川を歩いてみました。
遊歩道などが整備されているような川ではないので、川沿いではなく、あくまでなるべく川の近くを〜といった形です。
この4つのうち、一番南側を流れる飯山満川を源流から海老川合流点まで歩き、海老川、そして4つのうち一番北側の念田川を源流まで。
そこからはさほど遠くない北から2番目の高根川源流まで移動して、高根川を念田川合流点に向かい、念田川を経て残る宮前川を源流に向かうという順序です。
スタート地点までももちろん歩きます。
習志野駅と北習志野駅の間、新京成線は逆くの字を描いていますが、ここをショートカットするように進みます。
この辺り、下総台地に南西側から谷津が食い込んでおり、新京成線はそれを避けるように走っているのですが、それをショートカットする訳という事で坂を下ります。
実はこの辺りは私も来る事は殆んど無く、高校生の頃に有ったかな…という程度。
坂を登ればすぐ再び新京成線…という辺りで、右手にそれらしきモノが有ります。
地図だとこの辺り。
つまりこの先にも流れは有る筈ですが、すっかり地下となっているのでしょう。
周囲の道も歩いてみましたが、地上からではその痕跡は見当たりません。
しかし、新京成線が走る高台とはかなりの急傾斜ですが、本当にこんなところを流れ下っているのだろうか?
しかも成田街道辺りから続いている事になっているようですが…?
この水色の線が有るのは、おそらくこの正伯公園辺りでしょう。
なお、この正伯(しょうはく)とは、薬園台という名称の元となる薬園を江戸時代に開いた丹羽正伯の事と思われます。
この辺りで異様にクネクネして道路と交差している飯山満川ですが、少し先からは道路に沿って流れるようになります。
東葉高速線の下を潜り、
そしてここからは、免許取って間も無い学生の頃、渋滞するバス通りの迂回路としてよく利用していました。
先ほど潜った東葉高速線に沿って飯山満川、そして今歩いている道路が暫く並んでいます。
さりげなく、小さな流れが合流していました。
飯山満駅が見えてきました。
この下を潜って、前原方面へ抜ける前原東飯山満線という都市計画道路が現在鋭意工事中です。
飯山満川を少し離れて、少し覗いてみました。
昨年は立ち入れなかったと思いますが、舗装もされて一部供用もされています。
しかし、その少し先から工事は進んでないよう…
それでも、前原側から東葉高速線を潜るのに以前は迂回が必要でしたが、現状でも以前より楽に行けそうです。
さて飯山満川に戻ります。
先ほどまでは、住宅街とは言え、通り抜けるクルマも割りと多い道でしたが、飯山満駅からは本当に住宅街。
調整池を脇目に、蓋はされてないながらも、柵でしっかり囲まれて、家々の間を流れて行きます。
間も無く住宅街は終わり、湿地帯の脇の砂利道となりました。
船取県道、そしてプラネタリウム通り(仮称)を渡ると、所謂海老川上流地域、現在は
調整池として半ば放置されている感じですが、大きな開発計画が有り、市立医療センターもここへ移ってくるそう。
この中には不思議な神社…後で調べたところ東町弁天水神というそう…がおわします(。-人-。)
プラネタリウム通りからは飯山満川から離れていましたが、この先で久々の飯山満川に再会…
と思えば、すぐ先で海老川に合流。
という事で飯山満川の旅はここで終わり。
飯山満のマミーマートでトイレ寄ったり買い物したことも有り、ここまで2時間かかりました。
この先の海老川は下流も上流も既に歩いています。
上流に向かうと、すぐに念田川合流点が見えました。
左が本流の北谷津川、右が念田川です。
長くなるので、この後は後半へ
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