先週の薪能の日、浅草へ向かう前は台東区をあちこち歩いてみました。
昼食後、銀行の用を済ませてから向かったのは、熊手で有名な鳳神社。
何度か来ていますが、未だ酉の市の時に来た事は有りません。
早速お詣り(。-人-。)
鳳神社と道から小道を挟んだ向かいに有るのが長国寺。
酉の市云々がここにも書いてあるところを見ると、或いは神仏分離以前は一緒だったのでしょうか?
さて
この鳳神社や、背後に建つ都立台東病院等の所在地は台東区千束。
しかし、この辺りはその行政区画上の地名より、かつて呼ばれていた地名=吉原の方が広く知られています。
もちろん江戸幕府公認の遊廓街だった新吉原の事です。
今でもそれらの施設は多く有りますが、吉原神社や吉原大門、見帰り柳など、当時の江戸風俗を垣間見れる物も残っています。
吉原大門は「だいもん」かと思えば、「おおもん」であるそうな…
見返り柳は、別れを惜しんで振り返ったという話ですが、歩いている時は正直気付けませんでした。
ただの街路樹かと…
結局撮っていないので、こちらはGoogleストリートビューやネットで拾ってきました。
長居は無用、馬車通りを浅草へ向かいます。
「じかた」と読むそう。
こんなのが有るらしい…
浅草らしく、だんだん賑やかになってきました。
あちこちに人力車が走っています。
「研修中」の札を着けた、研修生同士が乗って引いている車も有りました。
そんな仕組みが有るんだ(@ ̄□ ̄@;)!!
二天門から浅草寺境内へ。
本堂。
平日昼間なのに、たくさんの人がいました。
五重塔。
まだまだ時間は有るので、周囲を歩きます。
浅草花やしき
東本願寺
我が濱松家の宗派は、浄土真宗東本願寺大谷派という事になっています。
お彼岸の積もりでお詣りしました(。-人-。)
最近知ったのですが、この大谷派というのは東西に分かれた本願寺のうち、東本願寺の中の一派かと思っていましたが、実はそうではなく、東本願寺を本山とする、所謂「お東」=大谷派であるよう。
家の宗派なのに、今まで知りませんでした(。>д<)
それはそうと、浅草寺の喧騒とはうって変わって殆んど人の姿は無し…
雷門や仲見世。
スカイツリーと五重塔。
五重塔以前に三重塔も有ったそうですが、五重塔は徳川家光の時代だそう。
現代の塔と近世の塔の競演です。
小腹が減ったのでラーメンを食べたりしているうちに、1630くらいになったので、本堂裏手の会場へ向かいました。
…といったところで、2つ前の日記「纏を背負って」に続きます。
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