前回:
https://mixi.jp/home.pl#!/diary/4364989/1982808092 その続き。
自分のやっていることがちょっとフツーじゃないかも?
と、思い始めたのは、「うる星」のOP・EDを、飽きもせず2時間くらい繰り返し見ているときのことだった。
あの頃、ビデオデッキは今ほど普及しておらず、あったとしても一家に一台であり、個々人の部屋ではなく、居間に在って家族共用であるのは当たり前だった。
家族の不在時、または寝静まった深夜に、90秒のEDを観ては巻き戻し、巻き戻してはまた観るを繰り返す。そのケのない一般人からしたら奇行であるw
侵食が始まったのは、おそらく3rdエンディングの「星空サイクリング」の頃だと思う。
さらに、OPが「DANCING STAR」 EDが「夢はLOVE ME MORE」の頃には、ステージが進んで(いま思えば)ほぼ手遅れ状態に陥ったが、当時のおれ自身にはヲタクという自覚など微塵もなかった。それ以前にヲタクという言葉も知らなかったのだから。
今も覚えているのは、色遣いに新しさを感じたこと。
この、パステル系を多用した画面の明るさ。
同時代の他のアニメと比べて、明らかにアカ抜けていたと思う。
いい曲であった。
でも、この映像と併せて視聴するのが、なにより「良かった」
おいしいお肉は白米と一緒だとより旨くなるみたいな? ちょっと違うか…
映像と曲の合わせ技。
これが脳に心地「良かった」のだ。
覚えてしまった新たな快楽を求め、また巻き戻しボタンを押す。
ヤバイお薬に染まった実験動物のように。テープの摩耗も厭わず、何度も何度も…
その点、今は円盤にチャプターが付いてるから、一発頭出し出来てイイよね(違う、そうじゃないw)
前回の日記が「始まり」だとしたら、今回の日記はすでに「結果」である。
過程はどうした過程は!? と思われるのも当然だが、ワタシ自身にもそこらへんは不明瞭なのだ。
病気と同じで、気づけばそうなっていた。
ドタバタコメディーが基本の「うる星」だけど、時にシリアス回というか、まじめに(?)ラブコメするときがある。
「君去りし後」「はっぴいバースデーマイダーリン」とか
全編ではないものの、部分部分にちゃんとラブコメしている「太陽がいっぱい」とか
そんなふうに、ときどき顔を見せるラブコメ部分が楽しみだった。
それと並んで、理不尽系要素。あれらを、なんと表現してよいのやら…
「決死の亜空間アルバイト」の銭湯を訪ねる途中の描写とか、
「みじめ! 愛とさすらいの母!?」なんかはもう全編全開だな!
わかる人には、この例でわかると思う。
不思議、理不尽、それともサイコファンタジーとでも呼ぶべきか?
どの言葉を当てても、十分に言い表しているとは言い難い。
あれら、独特に醸された世界に魅了された。
ほかに独特といえば、立ち食いだとか、長台詞だとか、学生闘争にミリタリーをミックスしたようなアレとか。
だいたい押井のせいだったわけだが、当時のおれはそんなこと知る由もなく浸食されていったw
「原作 高橋留美子」のクレジットをみて、この人はスゲェな!と畏怖を抱いた。うん、とんだ誤解であるw
押井守が「うる星」に携わったのは途中までだが、その影響は残り続けた。
「異次元空間ダーリンはどこだっちゃ!?」などは、個人的に一番の傑作回だ。
なにが原作由来で、どこがアニメオリジナルなのか、全部は把握していない。
原作は通読しなかったから。
アニメにハマって、当然のように原作も買って読み始めたが、毛色、雰囲気の違いに「んん?」となり中断した。正直、原作にあまり魅力は感じなかった。
原作から入ったクチからすると、ニワカであり、唾棄すべき輩だったと思うが、こればかりはどうしようもない。
秋に始まる新しい「うる星やつら」
原作から傑作回を抜粋してアニメ化していく、原作準拠。
声優はもちろん、製作スタッフもなにもかも刷新。
それには、特に期待も不安も感じてはいない。
十年程度ならともかく、「うる星」が終って四十年近くが過ぎている。
同名だが、別の作品として捉えるに足る十分な消化鎮静期間だ。
既におよその答えは出ているが、新しい「うる星やつら」を観ることによって、おれが何のファンだったのか、明確になると思う。
続いた。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1982820736&owner_id=4364989
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