この日曜日、FBで見つけたこちらのイベントに出てきました。
スタートは晴海、千葉県民の私だと錦糸町駅からバスです。
錦糸町駅は頻繁に利用しますが、ここでバスに乗るのは子供の頃以来でしょうか。
そう、正しく晴海へスーパーカーを見に行った時以来かもしれません。
その錦糸町駅のバス停にはこのような物が有りました。
伊藤左千夫と言えば、松戸に色々有るのは知っていましたが、ここに有るのは気づかなかった…
バスに乗ること約50分。
何年か前、護衛艦を見ようと豊洲駅から歩いた時以来の晴海旧客船ターミナルへ到着!
旧〜と言うように、この客船ターミナルは今年春をもって閉鎖されました。
ターミナルビルも閉まっていますし、今回のツアー関係者以外は人影も無し。
周囲はマンションが林立していますが、まるでゴーストタウン…
これら全てがそうなのか不明ですが、東京オリパラの選手村跡です。
この日は、越中島貨物線(一応現役)とその先にかつて存在していた東京都港湾局専用線跡を中心に歩く予定ですが、その港湾局専用線の晴海線というのが、この客船ターミナル近くまで来ていたのです。
護衛艦を見に来た時は供用前だった環状2号も、しっかり供用されていました。
この環状2号が、ゴーストタウンと有人の街の境界となっています。
有名な旧晴海鉄道橋。
前回も見ていましたが、遊歩道化&耐震化の為、現在は鋭意工事中でした。
この辺りはかつてIHIの広大な施設が会ったよう。
あちこちに錨のモニュメントが有ります。
豊洲運河の中には、橋脚が残っていました。
平行する朝凪橋を渡ると昭和を感じる枝川。
前述のIHIのように、工場や倉庫などの跡地を開発して新たな街を整備した豊洲と、戦前からコリアタウンとして開かれた枝川。
戦後の枝川事件の舞台はここです。
どうやら整備される事になりそうな、東京メトロ有楽町線分岐線(豊住線)の駅が出来るという噂も…
どちらを見ても運河が多く、一頃「下町」の呼び換えにしようとした「川の手」という言葉が頭に浮かびます。
と言っても、この辺りの運河は本来海の一部と思いますが…
そして塩浜と枝川を結んでいるのに、何故か字が異なる汐枝橋を渡ると、三ツ目通り右手にレール跡!
この奥へ進むと、小道を挟んで両側が行き止まりの線路となっています。
(Googleストリートビューから)
左が今見たばかりの東京都港湾局専用線。
右は一応現役、JR貨物の越中島貨物駅です。
つまり、かつてはこの間線路が繋がっていた訳です。
越中島は、貨物駅と呼んでいますが、現在ではレールセンターとしての機能しか無いようで、この貨物線自体、時折ディーゼル機関車がレール運搬車引いて走る程度みたいです。
しかし、その北側に隣接する東京メトロの車庫はバリバリの現役。
東西線の車両がいっぱい停まっていました。
運送会社の倉庫が建ち並ぶ新砂には、かつて洲崎球場という野球場が有りました。
戦前のプロ野球黎明期であり、なんでも満潮時にはグラウンドが冠水して、コールドゲームとなる事もしばしば有ったとか…
南砂の団地には、かつて都電が越中島貨物線の下を潜っていた事が有ったようで、車輪のモニュメントが有りました。
現在アリオ北砂となっている辺りには、かつて広大な小名木川貨物駅が有りました。
私もチラリと見た事が有ります。
こちらも車輪のモニュメント。
正しく小名木川という川が近くに有ります。
と言っても、上流から下流に流れている川ではなく、行徳の塩を江戸に舟運で運ぶ為、家康の命で開削された東西を結ぶ運河です。
そしてこの小名木川の両岸は、「塩の道」という遊歩道として整備されています。
こんなのが有ったとは!
これは知らなんだ!
あとはこの塩の道を東へ向かいます。
途中の大島稲荷神社でお詣りし、更に東へ向かうと、やがて森林のような場所が見えてきます。大島小松川公園です。
その手前に流れている旧中川で小名木川は終わり。
今回のツアーもここが終点です。
…なのですが、ここで思わぬオプショナルが!
水陸両用バスがちょうどやって来て、目の前で川の中に突入!
これは良いところに当たりました(^o^)/
雨にも当たらず、程良い気温でちょうど良い歩き日和でした。
また川の手歩いてみよっと!
線路跡
歩いて巡る
江戸の町
橋から橋へ
正に川の手
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