「お嬢ちゃんたち、まだねんねじゃないか」の章
二等兵(衛生係)
「戦争が始まる何日か前に映画を見に行ったら、はじめのニュース映像で「ドイツはソビエト連邦の忠実な友達だ」と言っていた。戦争になんかなりっこないと思っていた。
それから1か月もしないうちにドイツ軍はもうモスクワに迫っていた。
家は8人兄弟で上4人が女、私が一番上。ある時仕事から帰ってきた父が泣いていた。
家族の誰かしらが戦争に行くってときにうちでは誰も出せない、俺は年よりで採用外だし
男の子はまだ小さいし、って。
看護婦の講習会に、16歳の私と15歳の妹が行った。その1年後前線に出た。」
軍曹(交通整理係)
「私たちの願いはただ一つ、戦線に出ること。恐ろしくなかったか?って?
もちろん怖いわ、それでもね。
私たちが徴兵司令部に行くと「お嬢ちゃんたち、大きくなってからな。まだねんねだ」
と言われてしまったけどねばって採用された。
お母さんは何日も駅で見張っていて私たちの列車が出るのを待っていた。
私たちが乗ろうとするところを見つけると、パイと卵を渡して、気を失ってしまった」
大尉(軍医)
「私は医者だったので招集されました。父は娘が戦線に出ていることを喜んでました。
父は徴兵司令部に私の証明書を取りに行ったとき、わざと朝早く行ったんです。
村中の人に、あそこの娘さんは戦線に行ってるんだと見えるように。」
二等兵(給食係)
「18歳になって2週間足らずで戦争が始まった。野戦病院の配膳係になった。
パンは小麦粉なんかほとんど入っていなくて、テーブルに置くと水たまりができる。
その水たまりを舌でなめた。」
「大空襲があった時、目の前で弾薬入りの箱が爆発して爆風で壁にたたきつけられた。
意識を取り戻したときは夕方で、血だらけのまま職場に戻った。主任看護婦が言った。
長いことどこをほっつき歩いてきたの?おなかをすかせた人が待っているのよ。」
「私は戦争ですっかり変わってしまい、戻ったとき母は私だとわからなかった。
母が住んでいるところを教えてもらって戸をたたいた。
「はいはい」と母が言い「こんにちわ、一晩泊めてください」と頼んだ。
ペチカの火で弟二人が裸で床に敷いた藁に座っているのが見えた。
着るものがないのだ。母は私とわからずに言った。
「こんな暮らしなものでね。暗くならないうちにもっと先の家を探しなさい」
私は「おかあさん、私のお母ちゃん」と母に抱き着いた。皆駆け寄ってきて泣いた。」
「今はクリミヤに住んでいる。花が咲き乱れている。毎日窓から海を眺める。
でも、全身の痛みであえいでいる。私は今でも女の顔をしていない。」
(以上引用)
クリミヤに安住の地を見つけたもと給食係の女性は、
そこがまた、しかもロシアによって争いの地にされたのをどう思っているだろうか。
ソ連のために戦ってぼろぼろになったというのに。
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