先だって訪れていた栃木県、そして宇都宮。
宇都宮の街中では、路地に野良猫がいたので、そっと近寄っていくと、なんとビックリ、猫の方から寄ってきてスリスリしてくれましたo(^o^)o
若い頃はこうした事もよく有ったのですが、若くなくなってからはサッパリ(。>д<)
これは、中学校で「ネコ」と呼ばれたように、若い頃にツリ目だったのが、加齢で肉が弛んだのか、ツリ目でなくなった事から、猫たちから「お前、ネコ目じゃなくなった裏切り者じゃねーか!」と思われているのが原因かと自己分析しておりますが…
久々に寄ってきてくれたネコはかわいい(笑)
さて
その栃木県ですが、旧国名では下野(しもつけ)国となります。
そしてお隣群馬県が上野(こうづけ)国。
こうした旧国名の存在を知ったのはNHKの新八犬伝でしたから、おそらく小学校の低学年でしょう。
と言っても、その時に知ったのは安房くらいで、他の場所の旧国名はもっと後になって漸く知りました。
その当時から鉄道好きだったからか、大きな疑問が有りました。
群馬県の新前橋と栃木県の小山を結ぶJR(当時は国鉄)の両毛線という路線が有ります。
そして両毛地方といった表現を耳にする事も有りますが、上野と下野なのに「両毛」。
なぜ両「野」ではなく、両「毛」なのか?
更に、この「野」という文字が、何故「つけ」という読みになるのか?
昔から不思議に思っておりましたが、恥ずかしながら、近年になって漸く分かりました。
この旧国の分け方は、昔からこの形だった訳ではなく、例えば千葉県の辺りでは良い麻がとれた事から総の国と呼ばれており、それを下総と上総に分割、更に上総から安房が分かれたという流れになっています。
そして群馬県や栃木県の辺りは「毛野の国」でした。
それを上毛野(かみつけの)と下毛野(しもつけの)に分割し、やがて「毛」の字が取れて上野と下野という表記になったものの、読みは当時のそれを踏襲している…
うろ覚えですが、こんな感じだったと思います。
ところで、旧国名の一字に「州」を付けてその国を呼ぶ事が有ります。
例えば奥州(陸奥の国)、信州(信濃の国)などは、現在でも広く使われています。
長州(長門の国)も有りますが、これは長門の国というより、長門の国とお隣の周防(すぼう)の国を領国とする長州藩、或いは長州力を指す事が殆んどですから、ちょっと事情が異なります。
そして栃木県の下野は野州(やしゅう)、群馬県の上野は上州(じょうしゅう)です。
何故片方は上の文字で他方は下の文字?
下の文字に統一すると、どちらも野州になってしましますからそれは無いとしても、下州ではいけなかったのか?
因みに、千葉県の下総や上総を総州と呼んだかもしれませんが、あまり広く使われていなさそう。
むしろ、安房=房州が千葉県全体の意味で使われているような…
これは房総半島には大名領より旗本領が多かった事から、江戸の人から他国というイメージを抱き難かったのでは?というのが私の想像です。
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