昨日は仕事納め。
今年も納会のようなモノは無く、1210くらいにサッサと会社を退け、昼食後に向かったのは飯能市の秩父御嶽神社。
先月13日に正丸駅から正丸峠、伊豆ヶ岳、子の権現、西吾野駅まで歩いておりましたが、子の権現から下ってR299に出る地点に鎮座していたのが秩父御嶽神社でした。
秩父御岳山なら2012年5月に登っていますが、こことはかなり離れています。
関連性はよく分からないながら、これは見逃せない!と鳥居を潜ったものの、けっこう先が長そうであり、奥武蔵休暇村の日帰り入浴時間までの余裕が無かった為、鳥居付近だけで引き返していたのです。
今度は吾野駅で下車し15分ほど歩くと、見覚えの有る鳥居が見えてきました。
鳥居の扁額も立派です。
巨大な高下駄は記憶に残っているとおりですが、記憶とおりでないのは、紅葉がスッカリ姿を消していたこと。
少し先から始まる石段の先には、東郷平八郎元帥の銅像がおわします。
そして旗艦三笠の甲板。
弾痕だらけです。
東郷神社、そして至誠館というこの建物にはロシア軍の大砲が保存されています。
またまた長い石段を登り詰めると本殿が有りました。
お詣り。
往路とは別のルートから下り、今度は乃木希典大将の銅像がおわしました。
さて
この秩父御嶽神社は、日露戦争関連の物が多く有ります。
軍事や戦争と言うと、すぐ軍国主義とか侵略とか言い出す人もいますが、国家が自分の国を護るのは当然の事であり、当時はロシアによる北からの脅威がひしひしと差し迫っておりました。
満州は既にロシアの勢力圏となっていましたし、そして朝鮮半島も焦眉の急という状態。
多大な犠牲を払いながらも、ここで戦った事で北からの脅威は去り、欧州列強によるアジア植民地化に対するアジア側の勝利として、世界史的に重要な出来事です。
そして形は異なれど、現在も近隣国の脅威が有る訳ですから、そうした意味でも100余年前のこの事を忘れない事は極めて重要と思います。
年の瀬の
御嶽神社
ラス詣
当時を思い
日本を想う
そんな諸々を考えながら、スタスタ登っていた事も有り、けっこう汗をかいており、間も無くかなりカラダが冷えてきました。
そんな事も有ろうと、入浴セットは持参しており、前回同様に池袋の平和湯で温まってきました。
拙宅ではシャワーなので、浸かるお風呂はやっぱり最高です(^o^)/
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