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2020年11月20日18:41

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川治プリンスホテル火災・・・

 今日は何を書こうかなと思ってネットを調べていたら、
 1980年11月20日午後3時15分に、
 川治プリンスホテルの火災が起こったとの記事がありました。
 プリンスホテルとの名前でしたが、
 西武グループの「プリンスホテル」とは何の関係もない、
 個人経営の宿泊施設でした。
 発災した時刻を書きましたが、まだ明るい時間帯であったにも関わらず、
 死者45人、負傷者22人の大惨事になりました。
 戦後の宿泊施設の火災としては最悪の惨事で、
 商業建築物火災による死者45名は、
 1972年5月13日の大阪市の千日デパート火災(死者118名)、
 1973年11月29日の熊本市の大洋デパート火災(死者104名)に次いで
 3番目の死者数です。
 この火災を契機として、翌1981年5月に、
 ホテル・旅館の防火基準適合表示制度(通称「適マーク」制度)が制定されました。

 この旅館は、宿泊収容人員は約250人、
 鉄骨造4階建、屋上塔屋1階建、延床面積3,582.42�屬侶�物でしたが、
 増築を繰り返していたため、通路が迷路のようになっていました。
 出火の原因は、この日行われていた露天風呂の解体工事の際に
 使用していたガスバーナーの火花が可燃物に燃え移ったものと推定されています。
 またこの日は、自動火災報知設備の増設工事をしていて、
 15時12分頃に火災報知器のベルが鳴った際も、
 ホテル従業員は工事によるものと誤認し、確認せずに
 「ただいまのはベルの訓練です」という館内放送を流していて、
 この案内が被害を大きくすることとなったと言われています。

 当日の宿泊客は112名で、
 その大半は東京都杉並区から紅葉見物に来た老人クラブの2組でした。
 死者の内訳は、宿泊客40名、従業員3名、バスガイド1名、添乗員1名で、
 バスガイドと添乗員は取り残された客を助けようとして、
 火の中へ飛び込んだことによる殉職とされています。

 実は、僕はこの火災の現場に入った事があります。
 多分火災後1週間位だったと思います。
 その頃の仕事の関係でしたが、仕事と言っても、僕は事務方で、
 付き添って行っただけと言う感じでしたが。
 建物内は異臭が残っていて、上の方からは水がまだ流れ落ちていました。
 簡単に説明がありましたが、どこがどこなのか分かりませんでした。
 ここで多くの人が命を落としたのかと、厳粛な気分になった覚えがあります。

 今日は、火災から丁度40年になります。
 ネットを調べていて、この記事に行き会ったのも何かの縁なのかも知れません。

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