今日は一日曇りの予報で、ところにより雨も降るとの事でした。
今日は、鬼怒川温泉の少し先に行く用事がありました。
朝、家を出る時には車の中に傘を入れておきました。
宇都宮からは日光街道を行きますが、
途中で最高速度80kmの自動車専用道路を通ります。
高架になっているので、日光や塩原の山が見えます。
走っている所は曇っているのですが、
山の方は晴れているようで、山がくっきり見えました。
更に、日光連山が見える場所を走ると、
山の中腹に雲が掛かっていて、とても綺麗に見えました。
目的の場所に着くと、綺麗な青空になっていました。
鬼怒川温泉の近くですから、山に近い所なので、
ここだけ晴れているのかと思いましたが、
用事が終わって帰り道も晴れていて、家に着いても晴れていました。
他の地域がどうだったかは分かりませんが、
栃木県北部は予報が外れたようです。
昨日のニュースを見ていて、
「日本最古のおにぎり」との言葉に興味を感じました。
朝日新聞デジタルの記事でしたが、
石川県の埋蔵文化財センターに弥生時代のおにぎりが残されているとの事でした。
発見されたのは、1987年11月22日、石川県旧鹿西町(現中能登町)金丸にある
弥生時代中期(約2000年前)の「杉谷チャノバタケ遺跡」で発見されたものです。
ほぼ二等辺三角形で、底辺約5cm、他の2辺約8cm、厚み約3.5cm、
重さ約23gで、一般のおにぎりと比べ、かなり小さく、色も真っ黒です。
埋蔵文化財センターの担当者の話では、
「食用の可能性も否定できませんが、厄よけ用という説が有力です」との事です。
竪穴住居跡の内側の壁際で見つかったとの事で、
焼かれて米粒が炭化していたから約2千年後まで残ったとの事でした。
発見時には「最古のおにぎり」と報じられたものの、
正式には「チマキ状炭化米塊(たんかまいかい)」と呼ばれています。
米粒の解析結果により、短粒・極小粒の日本型を呈する水稲品種の
晩稲の糯米(もちごめ)で、おそらく蒸されたのち焼かれたものとされ、
形状等からも、炊かれて握られた握り飯(=おにぎり)というよりは、
包まれて蒸された(あるいは煮られた)ものに近いという意味で、
チマキ(粽)状炭化米塊とされとの事です。
建物の壁際からの単独出土であることや粽の民俗事例などから、
本品については、食用というよりは魔除け等呪的な用途が想定されていますが、
食べられるものであることに変わりはないとの事でした。
ちなみに、おにぎりが普及したと確実に言えるのは、戦国時代以降との事です。
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