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2020年10月07日18:47

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弥彦村へ・・・

 大人の休日俱楽部パスの最終日、10月3日は、新潟県の弥彦村に行って来ました。
 有名な弥彦神社に行った事がなかったからですが、
 弥彦神社の社殿を設計したのが、伊東忠太だと知って、
 いずれ行こうと思っていました。
 伊東忠太は、明治から昭和にかけて活躍した建築家で、
 築地本願寺などを設計した人です。

 宇都宮から弥彦に行くのには、大宮に行って、
 上越新幹線の燕三条で弥彦線に乗り換えます。
 燕三条と弥彦の間の本数が少ないのが難点です。

 この日は、午前7時23分の新幹線で大宮に行き、
 弥彦に着いたのが午前10時32分でした。
 駅は、弥彦神社の本殿を模した駅舎で趣があります。
 この日も、天気は余り良くありませんでした。
 弥彦神社に行く前に、重要文化財の旧武石家住宅を見たいと思いました。
 観光案内所で尋ねると、歩いて30分から40分程度かかるとの事でしたが、
 朝の内で、まだ元気がありましたので歩く事にしました。

 歩き始めて、湯神社参道の標識が目に入りました。
 武石家住宅と同じ方向なので、途中寄って行くかと安易に考えてしまいました。
 参道は弥彦公園の中を通るようで、
 登録有形文化財になっているトンネルもありました。
 公園の中を通って行き、小高い丘の上かと思いましたが、
 まだ鳥居や幟が続いています。
 参道と言うよりは山道と言う感じの道を上って行きました。
 人も通らないような所をしばらく行くと、
 石を積んだケルンのような所があり、これが神社かと驚きました。
 しかし、まだ鳥居も幟も続いています。
 下り道なので良いかと思い、さらに進むと、手水舎のような建物があり、
 特大の柄杓が置いてありました。
 温泉を汲むからなのかと思いながら更に進むとようやく社殿が見えて来ました。
 これが湯神社でした。
 拝殿の前に畳が敷いてあるのが珍しかったです。
 参拝して、神社から先に道がないのに困ってしまいました。
 来た道を戻る以外ないかと、絶望的な気持ちになりましたが、
 社殿脇の小さな建物に電気が点いているのに気が付き、
 誰かいるのかと声を掛けてみたら、神職がいました。
 そこで旧武石家住宅への道を尋ねたら、
 山道を20分程度歩くけど、街道に出る道があると教えて頂けました。
 最初山を登り尾根筋に出てから下りました。
 本当の山道で、全く人通りもなく心細くなりました。
 その内に、ようやく人家の屋根が見えて来てホッとしました。
 すると、後ろから人の足音が聞こえて来ます。
 ハッとして振り返ると、ランニングをしている人でした。
 こんな山道を走るのも凄いなぁと感心しました。

 通りに出ると少し戻った所が二股になっていました。
 これ以上間違いたくないと思って、ちょうど歩いてくる人がいたので、
 その人に教わりました。
 ここからまだ30分以上は掛かると言われましたが、
 半ば意地になって歩いて行きました。
 そしてようやく旧武石家住宅に着きました。
 江戸時代の18世紀初期頃の中規模農家の住居です。
 
 管理人の方がいて、入口を開けて頂きました。
 茅葺屋根を守るため、開館している日は囲炉裏に火を起こしているとの事で、
 それまで閉め切っていたため室内は煙が充満していました。
 囲炉裏があるのが居間ですが、土間で、ほかに2つある寝間の1つも土間でした。
 土間にもみ殻を敷き、ワラを載せムシロを被せて生活していたとの事です。
 柱などには、手斧の跡が残っていて、民家としては古い形式です。
 座敷と呼ばれる部屋ともう1つの寝間は板敷でしたが、
 座敷には床の間がなく、建具や天井もありません。
 江戸時代の建物を見る機会もありますが、
 ほとんどは豪農とか豪商などの立派な建物だから残っている訳で、
 こうした庶民の建物が残っているのは貴重だと思いました。

 主屋のほかに、味噌蔵と薪小屋があり、
 味噌蔵は、名前とは異なり種籾などを保管していたとの事で、
 しっかりとした作りで、登録有形文化財になっていました。
 薪小屋は、1929年の建設ですが、壁がない作りになっていました。

 管理人の方に、念のため交通機関がないか尋ねましたが、やはりないとの事なので、
 また歩いて弥彦神社の方に向かいました。
 山の中から出て来た二股の道から神社までは、それほどの距離はありませんでした。
 午後1時を過ぎ、弥彦神社の鳥居が見える所まで来て、
 目に付いた最初の食堂に入ってカツ丼を食べました。
 お腹が空いていた事もあり、美味しかったです。

 そこから弥彦神社に行きました。
 越後の国の一之宮ですから、やはり壮大な規模の神社でした。
 鹿苑や相撲場などもありました。
 また鶏舎では、高知県の尾長鶏や秋田県の比内鶏など、
 日本の在来種の鶏を保護育成しているとの事でした。
 参道脇の摂社の所では、長岡藩が寄進した十柱神社が重要文化財になっています。
 そして、拝殿に行きましたが、
 やはり重厚な造りで、後ろの弥彦山とマッチしている感じがしました。
 残念ながら本殿は見られませんでした。
 帰ろうとしたら、舞殿から音楽が聞こえて来ました。
 行ってみたら、稚児さんの舞をやっていました。
 見た感じ、余り揃っていませんでしたので、多分練習という事なのでしょう。
 また宝物殿もありましたが、残念ながら休館でした。
 その他、多くの参拝客が来るからでしょうか、
 トイレや休憩所も綺麗に整備されていました。
 流石に疲れでしまいましたので、そのまま帰って来ました。

 4日間にわたり、拙い旅行記にお付き合い頂き、有難うございました。
 今回も写真をアップしましたので、宜しければご覧ください。
 http://photozou.jp/photo/album/2882708


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