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2020年09月09日18:04

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自助・共助・公助・・・

 現在行われている自民党の総裁選挙に立候補している菅官房長官は、
 その所見演説会で、
 「私が目指す社会像というのは、
  まずは「自助・共助・公助、そして絆」であると考えております。
  自分でできることはまず自分でやってみる。
  そして家族、地域でお互いに助け合う。
  その上で、政府が責任を持って対応する。
  そうした国民の皆さまから信頼される政府を目指したいと思っています。」と
 述べています。
 これに対し、
 立憲民主、国民民主両党などが結成する合流新党の代表選に立候補した
 立民の枝野幸男代表は今日、日本記者クラブ主催の討論会で、
 自民党総裁選に出馬した菅義偉官房長官が
 「自助・共助・公助」を訴えていることを批判し、
 「政治家が自助と言ってはいけない。責任放棄だ」と述べたと報じられています。
 何となく「それを言っちゃおしまいだ」と言うような口調に感じました。

 自助・共助・公助は、よく防災対策で述べられる言葉です。
 あるいは、互助を入れて、自助・互助・共助・公助と言う人もいます。
 まずは、災害から自分で自分の命を守り、周囲の人々と助け合い、
 そして公的な救助を待つ事だと思います。
 その前提としてあるのは、東日本大震災のような大規模な災害の際には、
 公助である国や自治体、防災機関などによる
 救助・災害支援活動が期待できない事があります。
 防災対策としは、妥当な事だと思うのですが、
 それを敷衍させて、社会像としてこれを言うのは、いかがなものかと思います。
 極端な自己責任論に陥ってしまう虞があるように感じます。
 枝野代表は、
 「自助や共助ではどうにもならない時が人生にはある。政治の役割は公助だ。」とも
 述べていいて、枝野代表の言葉の方が正しいような気がします。

 新型コロナウイルスを例にすれば、
 自分で感染しない用心をし、他の人にうつさない注意をするべきですが、
 感染して、みんなで助け合っていたら、クラスターになってしまいます。
 感染したら、すぐに公助である医療機関に行くべきです。
 その他、保育所問題から始まり、非正規雇用問題、あるいは社会格差の問題など、
 個人ではどうする事も出来ない問題が沢山あります。
 これを先ずは自助と言ったら、弱い人にしわ寄せが行くばかりのような気がします。
 何か問題が起きた時に、菅官房長官は、あの冷ややかな表情で、
 自助を持ち出し、自己責任論で切って捨てそうな感じがします。

 自民党の綱領には、
 「自助自立する個人を尊重し、その条件を整えるとともに、
  共助・公助する仕組を充実する」と載っています。
 同じ事を言っているようですが、菅官房長官の説明は少し違うような気がします。
 総裁候補の石破氏は、
 「自分でできる環境を整えるのが政府の仕事だ。」と述べていますが、
 石破氏の発言の方が綱領に近いと思います。

 いずれにしても、防災対策としては正しい自助・共助・公助ですが、
 社会像として考えると、公助・共助・自助の順番の方が、正しいように思います。


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