去る日曜日、早起きして松戸へ向かいました。
先日来日記に書いている、なま街道(鮮魚街道)を歩く目的です。
このなま街道は、成田街道とか千葉街道のように目的地ではなく、目的が名称となっている珍しい街道です。
新鮮な魚を素早く江戸に届ける為、利根川水運と江戸川水運を利用し、その間、我孫子市の布佐から松戸までを陸送していた道なのです。
似たような目的を持っていた木下街道と異なり、現在でもなま街道(鮮魚街道)の名前で認知されている訳ではなく、そこが繋がっている一本の道というイメージも有りません。
しかも海上自衛隊下総基地や千葉大学園芸学部など、途中には迂回しなくてはならない場所も有ります。
この道を歩いてみようと思いついてから、どの道がなま街道(鮮魚街道)なのか、ネットで情報を集めました。
そして、好天が期待出来そうなこの日、満を持して決行となった訳です。
写真はちょっと失敗してしまったので、景色はGoogleストリートビューなどから拾ってきました。
さて
歩き始めたのは0710くらい。
松戸の町中を流れる坂川の脇を歩いて、江戸川へ向かいます。
船橋の海老川より、坂川の方が趣が有ります(*^^*)
そして江戸川の土手近くには、こんな場所が有りました。
納屋川岸、まさにここが、なま街道(鮮魚街道)歩きの出発点という事でしょう!
土手に上がると、江戸川が見えました。
旧水戸街道に出て、千葉大学園芸学部を迂回、現水戸街道=R6を渡ってR464へ。
この道はクルマで何度も走っています。
やがて左折、新しい住宅街を歩いていくと、途中に狭い道になったりしますが、やがて産業道路に合流。
新京成みのり台駅の先で線路の反対側に出て、八柱駅の先で再び線路を渡ります。
子和清水からは裏道へ。
五香駅を抜け、更に進んで、六実駅近くで東武アーバンパークライン、県道船橋我孫子線を渡ると周囲の景色は一転。
ここまで家や商店、寺社などが続いていましたが、ここからは農村っぽくなります。
地図を見ながらカクカクと曲がって行くと、右手の小高い藪に良さげな鳥居と石段が!
日枝神社でした。
立派な神社も良いですが、このように叢に埋もれたような神社も良いものです。
ちょっと寄り道してお参り(。-人-。)
先へ向かいます。
この辺り、佐津間という地名ですが、先ほど歩いてきた道の左手には、かつて佐津間城が有りました。
当時の軍事的拠点でもあった訳です。
そしてこの道の右手は、現在の軍事的拠点、海上自衛隊の下総基地です。
昨年GW、柏のアリオにバイクで行った際に近くを走っていました。
そうした見覚えの有る道をうねうねと進んで行くと、やがてR16を歩道橋で越えます。
ここまでは曲がるポイントが多く、地図を見ながら歩いていた為、さほど長さを感じていません。
しかし、ここからは木下街道に出るまで、暫く道沿いに直進です。
長いな…と感じたのはこの辺りからでした。
足指の裏に痛みが…大きなマメが出来ているっぽい…
久し振りに履いた靴だからでしょうか。
痛たたた…
工業団地の一角を抜けて、やがて木下街道へ。
なま街道(鮮魚街道)は、ここから暫く木下街道と重なっています。
ここもクルマで何度となく走りました。
この道には馬頭観音、庚申塔、出羽三山講碑などがあちらこちらに有りました。
しかも10数基も並んでいるような場所も有ります。
暫く先、左手に細い道が下っています。
Googleマップによれば、こちらがなま街道(鮮魚街道)…なかなか趣の良さげな竹林を抜けていきます。
再び木下街道に出て、すぐ先でまた左へ。
大きめの畦道という風情ですが、ここもGoogleマップによればなま街道(鮮魚街道)なのだそう。
川を越えて、右手から近づいてくる大通り(これもなま街道(鮮魚街道))に移り、やがて手賀川を渡れば我孫子市布佐!
もうすぐゴールです!
土手のすぐ手前には馬頭観音堂となま街道(鮮魚街道)の解説板が有りました。
なま街道(鮮魚街道)完歩♪ヽ(´▽`)/
総距離はおそらく30数kmでしょうか。
それで足指にマメというのは我ながら情けない(。>д<)
帰宅してから見ると、右は薬指、左は親指と薬指、計3つの大きなマメが…(×_×)
込み込み7時間半ほどかかった訳ですが、かつて鮮魚を運んだ人はどれくらいで走破したのか…
利根川と江戸川にも時間かかりますし、特に夏期など、江戸に着くまで「鮮魚」を維持出来たのでしょうか?
なま街道
急げや急げ
新鮮な
魚を届けに
目指せ大江戸
この後、時間次第で木下街道で中山まで歩こうかと思っていましたが、すでに1430くらい。
足のマメの事も考えて、そちらは機会を改める事にしました。
木下街道はいつ行くか…
今週末かな(笑)
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