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2020年01月16日20:01

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このサイトに嵌まってますPart0050-2


{論考が長すぎて10000字以内に収まらなかったので分割、そして続き}

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48、教育問題に関する朝日新聞の噓報道の一つは、米国の大学入試。例えば、別刷りの『The Globe』2016年3月6日付けの内容は、腰を抜かすほどトンデモ捏造。このことは、タイトル『人で入るか? 点で入るか』やキャプション「日本の大学入試制度を改革する動きが始まった。点数だけを物差しとする従来のやり方から、米国流の人物をみるシステムへの移行を目指す」だけでも明らか。  
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49、米国は、点数絶対主義(過激数字主義)の競争社会である。日本のように、点数絶対主義から“落ちこぼれた”者を何らかの形で救済しようなどの敗者同情主義など存在しない社会。つまり、朝日新聞は、文部省が狙う「受験教育」を廃止して、知識ゼロの“アホ馬鹿”日本人に改造するための大学無試験化という“世紀の大犯罪”を応援すべく、米国の大学入試に関する真赤な非事実(噓)をでっちあげた報道をなしたのである。ハーバード大学やスタンフォード大学など米国の超一流私立大学は、「点数絶対主義+親の学歴と収入と社会的地位+人物」で合格者を決めており、「点か、人か」ではなく、「点も、人も」が入試の合否を決定する。  
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50、ところが、虚偽報道を社是とする朝日新聞は、ハーバード大学を取材し、ハーバード大学が「点数絶対+親の学歴と収入と社会的地位+人物」で合否判定する事実のうち、この「点数絶対」の方を全く消し去る改竄をしている。報道記事の本文を読めば、日本では考えられない「親の学歴と収入と社会的地位」も合否に影響するとしているが、タイトルとキャプションからだとそのようなものがないとしか読めない。朝日新聞の捏造記事は何時もながら実に恐ろしい。
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51、米国の一流大学はレベルが高く、東大の非ではない。東大なんか生まれながらの秀才にとっていっさい受験勉強せずとも簡単に入学できるが、米国の一流私立大学はそうはいかない。私の学歴は「東大理��/工学部(備考)→スタンフォード大学大学院」だから、東大の教師・学生のレベルが、スタンフォード大学の足下に及ばないことを冷静に観察できた。世界ランクの、スタンフォード大学が「世界3位」に対し東大が今や「43位」は、納得できる。
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52、米国には、全国のすべてのハイスクールのレベルを相対評価したデータがあり、学年の一番同士の場合には上位校の方からの受験生が合格している。このように、米国では一流校に合格したいのであれば、飛び級の事実や数字化された点数は絶対だから、何が何でも秀才を示す事実と数字化された点数で抜きんでていることは最低条件。米国は、何でもかんでも数字化して序列表/順位表をつくっている。
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53、ハーバード大学の入学受験を例としている、朝日新聞『The Globe』は、なんでも数字化する文化を持つ米国の数字化された点数絶対主義につき、全体の文脈ではさも関係がないかに歪曲・捏造している。そして、入試願書に添付する小論文だけで合格するかに作為している。
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54、ハーバード大学の小論文は、合否と無関係ではないが、合否への影響率は5%以下の微々たるもの。スタンフォード大学であれ、ハーバード大学であれ、合否を決定的に左右するのは(SATや高校の成績・順位などの他は)小論文などよりも、両親の学歴・年収・社会的地位。これこそ、文部省は最も真剣に考慮すべきものではないか。例えば、有名ハイスクールの順位や数字化された点数絶対主義での合格者を入学定員の三分の二とすれば、あとの三分の一は親の学歴と収入と社会的地位を考慮して決定する米国の一流私立大学入試のやり方は、間違っていない。
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55、実際にも、日本でも、父親が出世をした東大卒の子弟は、全員ではないがほとんどが優秀。少なくとも、東大以外の大卒の父親の子弟とは、平均すれば格段に顕著な差異がある。スタンフォード大学/ハーバード大学/イエール大学などでは、父親が同窓で高所得の場合は、親のキャリアーを合否にかなり露骨に考慮する。このこと自体、依怙贔屓の不公平とは言えず、統計学的にも合理的な判断基準である。
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56、日本の社会は超平等主義だから、米国の一流大学の、親の学歴や所得の調査・考慮を、依怙贔屓だと勘違いする。親の知的能力は遺伝する。親の高度な社会的知見もその子弟は家庭にいて自然に身に着ける。子供が優秀な人材か否かは、親を見れば、当たり外れがなく無難な判断ができる。
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57、英国のイートン校/ハロー校/ラグビー校などを真似て設立された米国の“エリート教育”「ボーディング・スクール」に戻す。米国の教養ある豊かな家族の子弟が入学する「ボ―ディング・スクール」について、日本でもこの頃では馴染みが出たようだ。…なお、ボーディング・スクールとはプレップ・スクールのうち寄宿制のを指すが、ここではほとんど同義に用いる。プレップ・スクールとは、Preparatory Schoolの邦訳語。米国最初のボーディング・スクールは、フィリップス・アンドーバー・アカデミーで1778年創立。米国が建国される1789年より十一年前であった。現在「全米一」と評価されているフィリップス・エクセター・アカデミーは、同じフィリップス親族が設立したもの。
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58、これらのプレップは、東部のアイビー・リーグ大学などに入学することを前提とし、その名前の通り大学教育への準備をする中等学校である。と同時に、英国のパブリック・スクールを継承し、国家のエリート/指導層を担う人材の育成という精神や人格の鍛錬も重視されている。
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59、日本の教育制度との大きな相違は、なんといっても�ー�業料の高さであり、�¬塋拔�のすごさであり、��テューターのレベルの高さである。フィリップス・エクセター・アカデミーの授業料と寄宿料は、年4万7千ドル。むろん、様々な奨学金制度が充実しているので低所得層の子弟も入学しているが、富裕層の子弟がやはり中核。これは差別ではなく、エリートを輩出する確率は富裕層の子弟の方が圧倒的に高い以上、理論的にも現実的にも合理性は十分に高い。
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60、だからと言って米国は、家が貧しい秀才生徒に対しては愛情を惜しまない。例えば、フィリップス・エクセター・アカデミーは、親の所得が7万5千ドル以下だが抜きん出た生徒を見つけると授業料免除で入学させている。エリート育成を米国国民の義務だと考えるからで、この義務意識が米国の一流大学/一流プレップに共通して漲っている。
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61、日本は、ジェラシーが大手を振るう歪さが罷り通る国で、目立つような秀才に敬意を払わないし、むしろ排除する傾向が強い。中学校・高校における無法化した推薦状制度も、元とはと言えば、筆記試験の優等生への卑しいジェラシーが原点。日本社会の癌である、秀才をつぶしたいジェラシーの横行は、“赤い落ちこぼれ”の文部官僚を筆頭に、下等な感情を排除しないゲス野郎が日本に多いからである。そして、このさもしく下劣なジェラシーをさも教育的視点の一つかに屁理屈で正当化して有害な推薦状を制度化した。
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62、米国の教育文化の偉大さは、英国のような生まれによるエリートを生産する階級である貴族やジェントリー層をもたないが、この英国型エリート教育を基本的には継承しようとの伝統的智慧への尊敬を基軸に、米国独自のものを発展させる賢慮から逸脱していないことにあろう。だから、日本の文部省の赤い官僚が、ルソーやフーコーに心酔しては妄想(思い付き)で教育制度をいじくりまわす、ゴロツキ/ならず者的な破壊主義教育論など、米国には片鱗もない。
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63、以上…は、実は、イントロ。これから…が本論。この本論を理解するに基礎知見が必要だと考え…記述した。本稿のモチーフ第一は、安倍政権が誕生して二年が経った2014年12月22日、中央教育審議会が文科大臣に答申した『新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について』を解剖するのと同時に全否定し、良識ある国民が安倍晋三に、この『答申』の全面撤回を要求する運動を起こしてほしいとの願いを出発点としている。
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64、なぜなら、この『答申』とは、中央「反教育」審議会と正しく名称変更すべき中教審が、日本の教育を徹底破壊せんとする“日本破壊革命”のため、教育制度の大改悪を宣言したもの。安倍晋三内閣になってから、霞が関の共産党系官僚は、水を得た魚のごとく、やりたい放題に非暴力の共産革命に熱をあげているが、この中教審『答申』もその一つ。
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65、特に、赤い文部省は、安倍晋三が肝いりで創った「教育再生実行会議」に便乗して、“教育破壊”や“教育改革にかこつけた日本共産社会化革命”に暴走している。本ブログの読者は、答申『新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について』、並びに、これ以上に危険で“反日犯罪性”が露な“安倍晋三の反・教育推進機関”「教育再生実行会議」とに、徹底した監視と批判の眼を注いでいただきたい。そして、本稿の第二目的も、百害あって一利なき「安倍晋三・教育再生実行会議」を即座に廃止させることにある。
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66、1996年7月19日、文部省は、中教審第一次答申の名で、「“ゆとり重視”だと詐称して、学習指導要領の改悪を決定」した。これが、日本の教育を公然と破壊する、文部省主導の“反日革命”「ゆとり教育」の始まりだった。「ゆとり教育」は、共産党員官僚と北朝鮮人官僚が跋扈する“赤い文部省”が期待する通り、大学生に至るまで日本の子供たちの学力を大幅に低下させた。これを是正したのが第一次安倍晋三内閣で、安倍の「教育再生会議」だった(2007年)。また、主要国立大学の共産党系教授たちが寝返って「ゆとり教育」に反旗を翻したことが、“ゆとり教育つぶし”の決定打になった。
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67、ところが第二次安倍晋三内閣は…「教育再生会議」の後継組織である「教育再生実行会議」を文部省に丸投げしてしまった。これが、「ゆとり教育」の百倍も千倍も過激な“反・教育”を、文部省が次から次に導入する、現在の恐ろしい“教育破壊のチェーン”が暴走する情況を呈するようになった。
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68、1990年代以降、特に現在の自民党議員は、政治家しか経験のない者が多く、吉田茂や岸信介・佐藤栄作のように、官僚機構に精通している者はほとんどいない。だから、「ゆとり教育」という文部省の犯罪に対して、表向き目立つように行動した寺脇研だけを“トカゲの尻尾切り”よろしく左遷し/省外に追放しただけで、文部省を何のお咎めなし処罰なしにした。安倍晋三は、「ゆとり教育」の廃止と同時に、「ゆとり教育」を立案・推進した関係部局をすべて廃止する文部省設置法改正という対文部省処罰を断行すべきだった。この文部省への処罰なしは、いったん決めた方針は手を変え品を変えて貫く官僚機構の怖さに無知すぎだし、甘ちゃんに舐めすぎである。
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69、すなわち安倍が、文部省から巨大癌を切除する処断をしなかった事が、この「ゆとり教育」を導入した犯罪官僚たちをして、新たな装いで「ゆとり教育」よりはるかに毒性の強い、日本人の学力をすべて“中学校を小学校の劣等生レベル”“大学を高等学校の劣等生レベル”に落す学制改悪(=小中一貫校制度と高校・大学接続)を次々に考案・実行させることに繋がった。
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70、日本人を劣化・動物化させ、日本国を破綻的な衰落に至らしめる《ゆとり教育》を考案したオリジナルの「反日」勢力は、社会党左派の社会主義協会系の学者と朝鮮総連系の学校教員たちであった。“奇怪な珍語”「ゆとり教育」を日教組が1972年に初めて使用したのは、この理由による。共産党の造語ではない。 そして、この日教組と、「連動・連携している」というより完全に一体化している文部省は、日教組の要望に沿って「ゆとり教育」導入の好機と方法の模索をすぐさま開始した。成功した1996年から振り返ると、日本人の学力低下のための犯罪「ゆとり教育」実行に、文部省は二十四年をかけている。文部省と日教組の対立の構図は1960年代末で消滅していた。…以下、赤い文部省が企てている、日本国の破綻と衰落を必然に招く日本人劣化のための、日本の教育制度の徹底破壊の三つの制度改悪を、俎上に載せる。
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71、1996年『中教審・答申』が暴く、日本人劣化の犯意を包み隠す文部官僚の甘言「生きる力」…日本の子供たちの生涯が塗炭の絶望と悲惨な人生で終わるよう憎悪の呪いでまとめられた文書である『中教審・第一次答申』は、北朝鮮人と共産党員だけとなった“凶悪な文部官僚たち”の国民騙しの詐言を暴く貴重な犯罪記録である。これを読了しておけば、教育破壊に爆走する文部省が再び、『答申』に甘言で潜ませた犯罪トリックが一目瞭然に見破れる。安倍晋三政権の『2014年答申』は、村山富市政権の『1996年答申』を踏襲したものである。
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72、日本人の学力を大低下させる教育破壊を狙った“世紀の教育犯罪”『1996年答申』は、次のように表現されていた。「これからの社会は、変化の激しい、先行き不透明な厳しい時代と考えらます。このような社会では、子供たちに生きる力を育むことが必要です」(『答申』のパンフレット版)。意味不明な言葉「生きる力」という用語は、これが我が国で最初の用法。“騙し語”「ゆとり教育」は朝鮮人の造語だが、「生きる力」は共産党の造語である。この犯罪語「生きる力」の真意は、「日本人は人間ではなく、動物化して生きろ!」である。 実際にも、「売春婦として生きる」ことも「暴力団として生きる」ことも「泥棒や強盗として生きる」ことも、すべて「生きる力」。つまり、用語「生きる力」には、“人間とはどう生きるかで人間的でありうる”との教育の根本が全否定されている。
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73、「どう生きるか」を訓育する学校教育は、「倫理道徳的であれとか」「真善美を失うことなかれ」とか「独立自存」の絶対普遍のものから、「○○で一流になりたい」「指導者になりたい」「〇〇の職業に就きたい」の子供たちの希望にできるだけ役に立つ“基礎学力/基礎能力”を培ってあげる場である。学校を「売春婦として生きる」「暴力団として生きる」「泥棒や強盗として生きる」の下層的・動物的・生物的に“ただ生きればいい”を訓練する場にするならば、学校こそ有害。学校の存在理由はない。
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74、だが、この下層的・動物的・生物的な「生きる力」という共産主義ドグマこそ、「ゆとり教育」のイデオロギーであった。そして、目的「生きる力」と手段「ゆとり教育」が目指すものは、日本人の子供たちを共産社会における共産主義的人間への改造であった。2007年、「ゆとり教育」が“悪の教育”として一掃されるのが決定されたとき、共産主義的人間への改造ドグマ「生きる力」も完全に粉砕的に一掃しておくべきだったのに、安倍晋三やその周辺には、このような高度な見識が不在だった。
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75、「生きる力」とは、例えば、母熊が本能に従って乳ばなれした仔熊に餌のとり方を教えるようなことを指す言語。つまり、自然界の動物の仔育てのことを「生きる力を育んでいる」という。そんな「生きる力」に共産党員文部官僚がこだわる理由は、簡単明瞭。次代の日本人が共産党の独裁者の命じるままに夢遊病者的に“生きる動物”に改造することが、共産革命の成就と考えるからである。
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76、夢遊病者的に“生きる動物”に堕した日本人に、知識は必要か。むろん不必要。むしろ、知識があれば、夢遊病者的に“生きる動物”化改造を拒絶して、この狂気から脱出しようとする。だから、この拒絶や脱出をさせないために、日本人から基礎学力を破壊的に簒奪すべく、その手段として「ゆとり教育」を導入・強制したのである。
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77、『2014年中教審答申』は、共産党系文部官僚が書いた、共産革命のために日本教育制度をゼロベースで全面破壊するとの宣言書になっている。…このことは、『2014年中教審答申』の中で“共産革命ドグマ”「生きる力」が、2頁/6頁/…と執拗に連発されていることで明白。
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78、『2014年中教審答申』冒頭の文は、カルト宗教団体への露骨な勧誘文となっている。国家の教育制度を論じるものとは程遠い。共産社会は、ルソーとマルクスを教祖とする凶暴な大量殺戮を信仰告白するカルト宗教団体の“妄想上のパラダイス”のことだから、『2014年中教審答申』冒頭の文が、日本の子供たちへの憎悪を燃やすカルト宗教団体への勧誘文なのは当たり前か。   

「新たな時代を見据えた教育改革を進めるに当り重要なことは、子供たち一人ひとりに、それぞれの夢や目標の実現に向けて、自らの人生を切り拓き、他者と助け合いながら、幸せな暮らしを営んでいける力を育むための、初等中等教育から高等教育までを通じた教育の在り方を示すことである。子供たちに育むべき、このような力を、言い換えるならば、それは《豊かな人間性》《健康・体力》《確かな学力》を総合した力である《生きる力》に他ならない」(2頁)。
 
 意味不明語「新たな時代」とは、「日本が共産社会に向かいつつある時代」という意味の隠語だろう。それよりも、この方が悪質。まず、文部省が教育制度をいじくりまわすと、途端に「子供たち一人ひとりの夢や目標が実現する」とは、麻原彰晃などの詐欺師宗教家の騙し文句と同じではないか。次に、文部省が教育制度をいじくりまわすと、「幸せな暮らしを営んでいける力が教育される」とは、「この飲料水を飲むと空を飛べる」と嘘を言い募る狂人詐欺師と同じではないか。しかも、この文で明らかだか、「大学教育まで受けないと幸せな暮らしを営んでいける力は育まれない」と断じている。「高卒は不幸だ!」の、高卒者を侮蔑する宣言である。
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79、残忍非道な人格異常のものが過半の文部官僚が、行政権限を振りかざして、日本の教育制度を大改悪するため、その有害・有毒のいじくり回しをしている。その結果は、家庭で培われてきた日本の子供たちのもつ「豊かな人間性」まで必ず剥奪され破壊される。「豊かな人間性」「確かな人間性の形成」を学校教育に求めたいなら、絶対に� 悖横娃隠看�中教審答申』を直ちに廃棄することが絶対不可欠。また、�∋�脇研のような残忍非道な人格異常のものが過半を占める文部官僚をまず十把ひとからげにいったん分限免職し、人格/人間性の調査のあと一部は再採用してもよいが、全国の公務員の中から“人間性”を精査して入省させる総入替を断行すること。
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80、“教育破壊の権化”『2014年中教審答申』は、人倫的な大欠陥いちじるしい文部官僚が考案したのだから、カルト宗教団への勧誘文となるのは必然。…この副題、何と「すべての若者が夢や目標を芽吹かせ、未来に花開かせるために」とある。…プロ野球選手や民放キー局の女性アナになりたいと考えている若者のすべてに、その夢を実現させてあげると言っているのだから、真赤な噓=詐欺師的甘言でなくて何であろう。野球少年が全てプロ野球選手に成れないのは自明。音楽家など芸術家希望の夢がかなうのは、希望する高校生のうち、数百分の一/数千分の一である。  
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81、それなのに、『2014年中教審答申』は、「高校・大学が接続してかなりの大学では大学入試が消え、また、これまでの大学入試が共産党教授や北朝鮮人教授の好むままに恣意的に入学させる制度に変革したら、日本の若者は全員、それぞれの夢がかなう/目標が達成される」と、荒唐無稽を越えて不可能な戯言を豪語する。日本の若者への(ポル=ポト的な殺意もちらつくほどの)最凶の憎悪感情なしには、これほどの大噓甘言は吐けない。『2014年中教審答申』は、次代の日本人の確実な不幸や絶望を祈願し、その人生を絶対に破滅させてやるぞとの“狂気の悪魔性”を基調にまとめられている。…『2014年中教審答申』を全面廃棄に追い込めるか否かが、次代の日本と日本人を救えるか否かの分岐点である。
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82、『2014年中教審答申』という隠れ蓑で、文部省は、大学入試に関し、次のような大改悪を決定した。…国際標準においては劣化し続ける、日本の大学教師の顕著な水準落下や日本人入学学生の学力レベルの大幅低落問題など日本の大学が現実に直面している諸問題の方は「看過せよ」との悪意が貫かれている。そればかりか、…日本の大学を完全な死に体(「痴者・愚者の楽園」)に追い込む“教育破壊の完全犯罪”計画書=『2014年・中教審答申』になっている。まず、次の文言を読んでみよ。

「何よりも重要なことは、個別選抜を、画一的な一斉試験で正答に関する知識の再生を評価に偏ったものとしたり、入学者の数の確保のための手段に陥らせたりすることなく、【人が人を選ぶ】個別選別を確立していく」(『答申』11頁)。  

 【人が人を選ぶ】は、現実にどういうことを惹起せしめるのか。主要な国立大学では、優秀な本物の大学教授は自分の研究と子弟の教育で手いっぱいである。入試作業に進んで手を挙げる教授や准教授は、決まって、学問業績もない研究能力・意欲もない最低の劣等教官たちである。また、政治活動/学内政治ばかりに熱心な共産党系教官や北朝鮮人系教官がほとんどである。  
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83、つまり、【人が人を選ぶ】の、前者の「人」とは、“学問業績もない研究能力・意欲もない最低の劣等教官か、政治活動/学内政治ばかりに熱心な共産党系教官や北朝鮮人系教官”のことを指す。文部省は、国立大学のこの実情・実態を十分に熟知している。
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84、だから、国立大学を完全な共産党支配にすべく、入学する大学生をことごとく共産党員の子弟もしくは党活動家だけにできると判断して、【人が人を選ぶ】入試制度を導入するのである。ありていに言えば、“共産党の学生組織”SEALDsの高校生活動家をすべて東大に合格入学できるようにするのが文部省の狙い。噓だというのであれば、現実の例をあげよう。私が筑波大学に在勤中、OA入学者はほぼ全員、共産党員の子弟か、もしくは高校生共産党活動家であった。  
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85、人の恣意を排除する「一般rule」において、人類は自由の保障を拡大してきた。大学入試も同じである。あくまでも「一般rule」で合否を判定すべきで、これ以外の方法はない。合否の判定に関するオープンの基準を明示できないのは、不正と無法で合否を決める制度だからだ。こんな不正と無法の大学入試制度に改悪すれば、高校生は誰も学業をしなくなる。そして、共産党の政治活動に精を出すだろう。その方が確実に東大や他の主要国立大学に入学できるからだ。  
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{論考が長すぎて10000字以内に収まらなかったので分割、テレビを見れば。。。。part0273-3へ続く。}

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