mixiユーザー(id:39816565)

2019年01月25日16:30

122 view

ガンジスに還る(Hotel Salvation / Mukti Bhawan)


 ある日、家族が揃った食卓で父ダヤが「わしは死期の訪れを感じている。バラナシに行こうと思う」と告げる。家族の不安をよそに、父の決意は固い。仕事人間の息子ラジーヴは仕方なく付き添うことを決める。

ふたりは長い時間をかけて目的の場所バラナシにある「解脱の家」に辿り着く。そこは幾つかのルールが決められ、様々な理由で人々が暮らしていた。すぐに住民たちに心を開くダヤと、なかなか馴染めないラジーヴ。

「解脱しようとしまいと、滞在は最大15日まで」。

一日一日とその日が近づき、ラジーヴは仕事の為に早く帰りたい気持ちと父が心配でならない思いに揺れる。

はじめは衝突しあうも、雄大に流れるガンジス河は、次第に父子の関係をほぐしていく。旅立つ者の心の動き、それを見守る家族のまなざし。果たして、ダヤは幸福な人生の終焉を迎えられるのか――?(映画公式サイトより)











 ある程度の年齢になると「死ぬ」ということを真剣に考えるようになります。自分も若いころからわりとよく考えてきたと思っていたのですが、やはり現実に歳を取って考えるのとは、いろいろ違います。この映画が目についたのも、年齢と日々感じる体力の衰えゆえかな、という気がしています。

 上にもある通り、ある日父が死に場を求めて「ガンジスに行く」と言い出します。インドでは元々そういう習慣があるようですね。大きなガンジス河が、インドの人々の心の拠り所となっているのがよくわかります。他で読んだのですが、大人(老人)が他界すると火葬にし河に流すのですが、子供が死ぬとそのまま水葬にするんですってね。

 河のほとり、バラナシには「解脱の家」なるものが存在します。そこには宗教家なのか医者なのかよくわからないけれど、なんでも知ってそうな老人がいて、管理人をやってます。金銭の支払いなども彼にするみたいです。管理人さんは「解脱(要するに死ぬこと)してもしなくても滞在は最大15日まで」とか言うのですが、コトはそう単純ではなさそうです。父親はボケているわけではなく、解脱の家には同世代の仲間もいるし、別に放っておいても大丈夫だと私は思うのですが、インドではそんな親不孝はできないのか、忙しい息子が無理やり休みを取って同行します。現代人らしく、日々休みもないほど忙しい息子と、”解脱”しようとしている年老いた父親との物語をメインとし、同じ入所者さんたちの物語と交流、人の死期を見極める管理人さんなど、いろんなお話が縦横に重なり、味わい深い映画になってます。

 いいですねぇ、こういう場所があって。「母なるガンジス」で死ねることを理想とし、死期を悟った時に行くところがある、というのはとてもいいですね。もちろん、それなりの資金は必要でしょう。ひょっとして、現地では「そんなの、お金持ちのたわごとだ」と言われるのかもしれません。それでも、「畳の上で死ぬか(難しい)」「病院で死ぬか」「老健で死ぬか」の日本より、ずっと幸せな感じはします。”死期を悟る”のはとても難しいことなのでしょうが、私、こういう風に死んでゆきたいです。

1 2

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2019年01月>
日 月 火 水 木 金 土
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  

最近の日記

もっと見る