東日本大震災から3年後の初春、NHKスペシャル「あの日、生まれた命」という番組が放送され、3月31日の震災当日、被災地100を超える命が誕生していたことを知りました。悲しみが日本中を覆いつくしたその日、親となった人たちの多くが、「亡くなった人たちが大勢いる場所でわが子の誕生を喜べない」と、苦しんでいました。
子どもは生まれる場所も、時も、親も選ばずに生まれてきます。それならば、小さい命の重さ、そして尊さは等しいはずです。あの日、被災地に生まれ落ちた命も、赤ちゃんポストに託された命も、すべて同じように周囲から祝福され、愛され、慈しまれるべきです。
それだけは番組で伝えたかったことでしょう。番組制作のために取材班が出会った少年は、私の想像をはるかに超える強さをもって生きていました。少年がカメラの前で語った内容を聞いていると自然と涙があふれてきた。その涙はしばらく止まらなかった。
「赤ちゃんポストに入れてくれたから、今の僕がある。『ありがとう』と、言いたい」自分をポストに託した大人に対し、「ありがとう」と言えるものなのか。子どもが発する言葉とは、とても思えない重い言葉でした。
番組中、自分で生んだ子どもを手放すという、身勝手な行為をした親たちに対して、憤りを抱いていました。しかし、少年の言葉は、その大きな怒りを静めてくれるものであり、同時に別の考え方を私たちに与えてくれました。もしかしたら、大人たちも、いや大人たちこそ、救いが必要なのかもしれません。
育てられないなら、子どもをつくらなければいい。誰もがそう思うでしょう。しかし、そんな当たり前のことを言っても、望まぬ妊娠や出産をする女性がこの世からいなくなることはないのです。子どもの命とその将来を守るためには、このような問題に無関心であることをやめ、子どもを産む人、育てる人を社会全体で支援していくしか方法はないのではないだろうか。
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