江東区内の文化施設のほとんどは深川エリアが独占している現実があります。たとえば深川江戸資料館があるのは白河(これは江戸時代の深川を再現しているのだから、むしろ深川エリアになければおかしいが)。東京都現代美術館は三好で、田河水泡・のらくろ館は森下、小津安二朗監督紹介展示コーナーは古石場、芭蕉記念館は常磐と、これらの品が良さそうで文化の香り漂う施設はいずれも深川エリアにあります。
さらに臨海エリアにも目を移すと、こちらには、スケールが大きいサイエンス的で楽しそうな施設がズラリと並んでいます。ガスの科学館、水の科学館、日本科学未来館、パナソニックセンター東京など、いかにも新興開発地らしい施設が集中しており、新木場には木材・合板博物館もあります。
そのどれもが、施設名を聞いただけで大人も子どもも心躍ってしまうでしょう。いかにも楽しげなものばかりです。いざ城東エリアの文化施設を見てみると、無いわけではないのですが、どれも至って地味です。ただ非常に意義深い文化施設もあり、それが北砂にある東京大空襲・戦災資料センターと南砂の江東図書館にある江東区学童集団疎開資料室です。
思わず暗いと感じる方も多いでしょうが、戦争関連の資料館だからといって、暗いと決めつけてはいけません。戦時の記録は絶対に残すべきで、その意義は果てしなく大きい。東京大空襲・戦災資料センターは、東京大空襲の惨状を次世代に語り継ぎ、平和の研究と学習に役立つことを願って4000名を超える方々の募金で設立された民立・民営の資料館。
1階の研究室には「東京大空襲を記録する会」が収集してきた空襲・戦災に関する文献をはじめ、約5000冊の資料が揃っており、入るだけで背筋の伸びる思いがします。会議室として開放されている2階に上がると、焼夷弾でえぐられた古いピアノが置かれ、無言の圧力をかけてきます。
3階は資料・展示保管室。写真や地図をはじめ、防空頭巾や防毒マスク、溶けたガラス盃、焼夷弾などがテーマに沿って並んでおり、平成の時代にして、身も心も東京大空襲へとタイムスリップさせられます。
一方、江東図書館にある学童集団疎開資料室では、空襲の被害を避けるため国民学校(現在の小学校)の学童がより安全な地域に一時的に移り込む「疎開」の様子が写真やパネルで紹介され、当時、山形県、新潟県の各地に移り住んだ子供の様子を物語る手紙や絵画、日用品なども展示されています。
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