最近、地震や台風などの自然災害により、各地で大きな被害が有りました。
亡くなられた方ご本人はもちろん、親しい人を亡くした方の事や、住まいや仕事を失った方の事を考えると、居たたまれない思いです。
こうした際にいつも思う事ですが…
地震も台風も嫌ですが、それが起きてしまう事自体は仕方が有りません。
地震に関しては、予知はまだまだ不充分…研究されている方の批判などではなく、一般の人としては簡単に引っ越す事もなかなか出来ず、「いつ頃」「どの程度」かが分からないと、非常食とか電池とかの準備が精一杯の場合が多いでしょう。
緊急速報は有用ですが、効果的な避難をするには、時間が足りないのも現実です。
しかし、台風に関しては数日前から「いつ頃」「どの程度」か、かなり予知出来ると言えます。
それでも大きな被害が出るのは避難指示の不徹底だったり、堤防の整備不良や、山の木々乱伐採なども有るでしょう。
しかし、これは私もそうですが、ついついやってしまう思い込み…「まさか自分が、まさかここが」という事も無いとは言えないのでは…
こうした思い込みが起きるのは、確率的な事が一番の原因だと思いますが、天気予報で使われる「猛烈な」などの程度が今一つ分かり難いと感じます。
地震であれば、概ね震度5以上は建物の破壊を伴うというイメージが有ります(私の印象ですが)。
降雨量の○○mmが分かり難い為、そうした表現を使っていると思いますが、これがかえってイメージし難さを助長しているのではないでしょうか。
それに関連して、普段から無駄に大袈裟な言葉が氾濫している事も無関係とは思えません。
とくにSNSなどでは、「超○○」「激○○」「爆○○」が溢れ、「悲報」なんて言葉を垂れ流したりなんて日常茶飯事です。
そうした言葉を使う事自体に文句をつける訳ではありませんが、私などはこの言葉が掲げてあるだけで中身を見る気が失せます。
しかし、そうした中に実際に重要な事も有ったかもしれません。
また、誰だったか「100年に1人」というアイドル?の人が出てきたと思えば、数字がどんどんアップした二番煎じ三番煎じ(とは言わないが)の人が続々。
ご本人に文句は有りませんが、コピーを考えたスタッフの才能に疑問を感じます。
まるで言葉のバブルのよう。
しかし…
日頃からそうした空虚で大袈裟な言葉に埋もれていると、現実の言葉に鈍感になってしまう事も有るのでは…
そう、狼少年の原理です。
無駄に「超」だの「激」だの使っていては、本当に強調したい時、どういう言葉を使えば良いのでしょうか。
そして本当に強調したい事も埋もれてしまうのでは…?
気持ちを伝えるのも危険を伝えるのも言葉。
垂れ流しはせず、大切に使っていきたいものです。
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