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2018年08月04日22:35

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「名二軍監督」だったが、その先でポシャった印象の人か。

■元南海監督の穴吹義雄さん死去 小説のモデルにも
(朝日新聞デジタル - 08月04日 12:25)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=5230418
穴吹義雄と言えば南海ホークスの二軍監督として山本和範、定岡智秋、河埜敬幸など、後にチームの主力選手となる人材を多数一軍へ送り出し、その10年にわたる在任時に3回のウエスタン・リーグ優勝を果たした人と言うイメージがもっとも強く、その実績を評価されて一軍監督にもなった人ですが、野村克也監督(捕手との兼任だった)の解任以降長い低迷期にあったチームの再建のための“切り札”的存在として大きな期待を集めながら、5位、5位、6位と低迷を脱しないまま監督を辞任と、指導者としては“不本意な形”でキャリアを終えた印象がありますね。
NPBに「ドラフト制度」が無かった昭和31年、中央大学で東都大学リーグで2シーズン連続で首位打者となった穴吹義雄はいくつかの球団による熾烈な獲得競争の末、契約金700万円(当時の大学卒の初任給は約1万円と言われた)で南海ホークスに入団し、当時繰り広げられたその獲得競争は「あなた買います」と言う小説の題材となり、映画化もされましたが、現役時代がさほどパッとした成績ではなかったことも(13シーズンで1166試合の出場、814安打、89本塁打、404打点)、小説や映画の題材となったと言うことで「やっかみ」などの的にでもなっていたのではないかと思います。
一軍監督として期待に応えられず辞した後、南海ホークスが身売りした相手であるダイエーの編成部長として2シーズン過ごしましたが、その後にダイエーの監督を経て編成部長となった根本陸夫がチームの強化に辣腕をふるって実績を挙げた中、その“露払い”に終わった印象がありますね。
退任後はスポーツ紙の評論家として健筆をふるい、その後は少年野球の指導に専念したとのことですが、12年前に脳梗塞を患い、平成27年の年末に脳内出血を起こして自宅前で倒れて療養生活の身となったそうで、倒れる前まで若手の育成に情熱を残していた人のようですね。
享年85とか。ご冥福をお祈りいたします。合掌。
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