少し前に、世間を騒がしていた「女性は土俵から下りて下さい」問題ですが…
かの行司氏は身に深く染み込んだ事が、咄嗟に出てしまったという事なのでしょう。
明らかに思慮は足りませんてしたが…
私は別に相撲ファンではないので、「女性は土俵に上がるべからず」という封建的なルールが有る事は知りませんでした。
今さら言うまでもなく、かつて「女人禁制」という場所は各地に有りました。
源義経の逃避行の際、女人禁制たる吉野の大峰山で、静御前が一行から別れて捕らえられたという話に有るように、当時は「女人禁制」の決まりは絶対的なものだったのでしょうか。
もっとも、一般的なイメージとは異なり、静御前は義経の愛妻というより、愛妾の一人だったようですし、私は義経がそんな優しい人だという印象を持っていません。
戦術面に突出した天才かもしれませんが、むしろ、自分の目的の為には他人を犠牲にするのを辞さない男というのが、私の義経像です。
静御前を気遣って泣く泣く別れたのではなく、身籠っている静御前を置き去りにしただけでは…という気がします。
話は逸れましたが、なんだっかで以前読んだところでは、女人禁制とは、神前において生理というものは穢れである…という思想によるものだとか?
不合理だし不条理な話ですが、更に性別に関わらず、「人の身体から出た」もの―排泄物ばかりでなく、例えば刀傷による出血もその対象という考えも有ったよう。
或いは、女人禁制とは修験道における禁欲目的のものだとも…
その是非はともかく、富士山や立山など、大抵の場所は女人禁制が解除されましたが、前述の大峰山などは、今でもそれが続いているのだそう。
https://www.travel.co.jp/guide/article/5276/
さて
大相撲の女人禁制ですが、奉納相撲という考えから、そうしたルールが昔から有ったのでしょうか?
しかし、色々なところから写真などが出てきたように、古来女性が土俵に上がる事が無かった訳でもないよう。
であれば、相撲協会が、「伝統」という金看板を背負いたいが為に恣意的につくったのか?
相撲=国技と言われていますが、実はそんな決まりは 有りません。
国技とはその国を代表するスポーツや武術などを指し、ブラジルのカポエイラや韓国のテコンドーなど、法律で国技と制定されているものも有りますが、米国の野球やカナダのラクロスなど、法的に明文化されていない「国技」も珍しくないようです。
以下はWikipediaより
1909年(明治42年)に相撲の初めての常設館が両国に完成し、3代尾車親方の大戸平廣吉が神事として行われていた相撲を「国技館」と名称を提案して、神事を放棄し国技を名乗り、命名委員会会長の板垣退助に了承を受けて命名され、6月2日の開館式で作家の江見水蔭が執筆した披露文に「相撲節は国技である。」と記された。この時点で、相撲は神事ではなく国技となった。
ここまで
つまり、自称ではあるものの、それなりのお墨付きは有る訳でしょう。
しかし、国技であって神事ではないというなら、奉納云々の理由も成り立たない事になります。
相撲協会が、国技という看板を掲げ、必要以上に「伝統」に拘ってしまった事が、女人禁制などという無意味な決まりをつくってしまった一因ではないかという気がします。
今度の一件を機会ととらえて、開かれた組織と脱皮して欲しいものです。
ところで「国技」ですが、「観る競技」としての面、「自ら行う競技」としての面で、例えば柔道や野球に比べ、相撲は前者の面が圧倒的に強いでしょう。
ならば、私などには相撲より柔道の方が国技として相応しいと思いますが…
どちらにしても、
日本の国技=相撲
ではなく、
日本の国技⊃相撲
と言うべきです。
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