去る土曜日は久し振りにシングルスピードバイクでちょっとお出掛け。
このバイクはダブルコグと言って、後輪の左右を入れ替えると、固定とフリーに切り替え出来るようになっており(つまり、走行中にペダルが止められるか否か)、現在は固定にしています。
ブレーキをかける際、ペダルを漕ぐ脚を止めるのが自然ですが、固定にしていると、バイクが停まるまではペダルも止まらない為、初めて乗った時は、後ろから突き飛ばされたかと思ったものでした。
今は慣れましたから、そこまでの事は無いですが…
時折思い出したように乗るバイクですから、分かってはいても、毎回乗り始めはブレーキをかける時に少々焦ります。
走り始めて間も無く、チューブの空気圧が低い事に気付きました。
これくらいなら大丈夫かな?と思い、そのまま走っていましたが、バルブが路面を通過する瞬間(パンクした自転車が、ガタンガタン音がするアレです)をはっきり感じるくらいであり、これは厳しいな…と思ったところで、自転車屋さんの店頭に「ご自由にお使い下さい」とフロアポンプが置いてあるのが目に入りました。
おぉっ、なんて素晴らしいタイミングヾ(@゜▽゜@)ノ
すみません、ポンプお借りします!
う…あぁっ(;゜0゜)
何故だか、このバイクのチューブはウッズバルブ(英式バルブ)だと思い込んでいました。
拙宅では、何度も空気を入れていたのに…
しかし700Cのこのチューブはプレスタバルブ(仏式)、ダメじゃん(><*)ノ~~~~~
ショックを受けていると、お店のご主人「どうしたの?」
それがかくかくしかじか…
すると、プレスタ→シュレッダーのアダプターを探してコンプレッサーで給気して戴けました!
ご親切にわざわざありがとうございます。
お陰様で助かりましたm(__)m
秋津公園を抜けて谷津干潟公園へ。
紅葉と落葉が良い感じです。
実はこの谷津干潟公園は、私にとってランニング始めの場所なのです。
この2年くらいはロクに走っていませんが、それまではけっこうレースに出ていましたし、セントラル習志野にいた頃は普段からそれなりに走っていました。
もともと、子供の頃から走るのは苦手で、運動会も体力測定もダメダメでした。
小6時の1500m走は、7分27秒という驚きのタイムを叩き出した(笑)ものです。
セントラルに入って1年後くらいだったか、出来心でセントラルトライアスロンカップに出る事になりました。
最初はリレー部門でバイクだけでしたが、気の迷いか、リレーではなく1人で完走を目指そうとなり、イントラが案内してくれるラン練習会で初めて走ったのが、この谷津干潟公園でした。
一部道路を走るところも有りますが、野鳥を見ながら走れる、一周3kmチョイ(3.5kmくらいだったような…)の気持ち良いコースです。
驚きのタイムの記憶が有りますから、ついて行けるかな〜と不安でしたが、セントラル入ってそれなりに体力もついていたのでしょうか、意外にアッサリ走れる事が出来ました。
そして、調子に乗って初めて出たラン大会、10kmなんて制限時間の90分以内に走れるか…と心配しながらのレースでしたが、なんとか51分くらいで完走。
これで7分27秒のトラウマから解放されたのか、この頃はほぼ毎週のように、このコースを走っていました。
しかし、それもまた今は昔。
エライ久々にこのコースを走った訳ですが…
キツい(><*)ノ~~~~~
明らかに昔よりペースが遅いのに!
結局3周するのが精一杯。
またバイクで帰宅すると、疲労感が急速に押し寄せて、30分ほど仮眠をとる始末(∋_∈)
こんな事で、42kmも走れるだろうか…
恥ずかしいから、内緒にしておこっと
そうそう、この周回コースからやや外れますが、谷津干潟公園隣接の谷津バラ園入口脇には、「読売巨人軍発祥の地」碑が有ります。
1934年に来日した、ベーブ・ルース、ルー・ゲーリックら大リーグ(最近は使わない名称ですが)選抜チームと対戦するために結成された東京六大学出身者を中心とした全日本チームが谷津球場で練習し、そしてそのチームがのちの東京巨人軍(読売ジャイアンツ)になった事に因みます。
この谷津球場を築いたのが京成電鉄。
現在の京成イメージは今ひとつあか抜けない印象ですが、この頃、巨人軍の運営会社の筆頭株主だったようですし、後にはオリエンタルランドの筆頭株主ともなり、日本を代表するような大きな事業を手掛けております。
そうした事を、もっとPRすれば良いのに…
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