mixiユーザー(id:206350)

2017年09月08日12:15

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お城がいっぱい

最近、船橋についてアレコレ書いておりましたが、「船橋」という地名は、海老川に船を浮かべて橋としたところから付いた名前ですから、現在のR14からJR総武線辺りまでの、海老川周辺が、本来の「船橋」なのでしょう。

更級日記の作者菅原孝標女や、源頼朝も足跡を記したであろう船橋、おそらく漁村だった時代が長いと思いますが、成田街道、東金街道が整備され宿場町として発展、戦前は近隣に軍関係の施設が多数出来た事で、軍都として更に発展しました。

空襲の被害は少なかったようで、戦後は闇市から復興していったよう。

…というのは、本来の「船橋」の話で、合併により船橋市となった場所─拙宅が有る旧二宮町もそうですが─には、軍馬を育成する為の広大な小金牧などが有ったようです。
新京成の駅名になっている高根木戸の「木戸」とは、この牧の木戸のことです。

明治維新後、江戸に溢れる浪人にこの牧の跡地を開墾させたのですが、その土地の名前が、開墾の順番に「初富」「二和」「三咲」「豊四季」「五香」「六実」…1〜13まで付けられ、六実までは駅名にもなっています。

そんな船橋ですが、中世には幾つもの城が有ったよう。
城と言っても天守閣など有りませんし、標高の低い千葉県の中でも、船橋市内には30mを超える場所は有りません。

しかし、下総台地の縁が舌状台地として張り出しているところが多く、低いながらも、意外に起伏が有るのです。
こうした場所では、縁が断崖となっている事も有り、小規模な山城を築くのに適していたのでしょうか。

先日、船橋の地図を見ている際、お馴染みの道から少し入ったところに、飯山満城址(飯山満は「はさま」、あるいは「はざま」)と書いてあるのを見つけました。
そういうのが有ったらしいとは聞いていましたが、城址碑も有るのでしょうか。
おそらくは近年設置されたものと思いますが…
一度見に行ってみよう!

それがきっかけで、他にも有る筈だよな…と、ネットで調べてみると、夏見城、米ヶ崎城、高根城、金杉城、小野田城、楠ヶ山城、花輪城(これは初耳)などの場所が分かりました。
なんと、40年くらい前に通っていた中学校から少し奥には小穴城が有ったそう!
他にも、船橋中央卸売市場の場所は、船橋城が有ったとも?

ただ、その敷地の一部がお寺として残っていたり、或いは僅かな土塁が有る程度で、中には宅地に飲み込まれてしまったり、土砂採取で跡形も無かったり…
近所の人も、そんな城址など知らないという人が多いよう(><*)ノ~~~~~

船橋市には、お城どころか遥かに古い遺跡である貝塚も何ヶ所か有るので、併せて見て回りたいと計画しております。
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