はーーーーーーーー(-_-;)、皇統廃絶クーデター発生68日目、極東戦域核戦争開戦22日目(ToT)。〔緊急連載〕現代日本・政治経済史まとめ・その8。戦後編のアウトラインのダイジェストも3回目。ラストいきます。前回、竹下登が「仇敵」である闖入大政翼賛会(レッド派)の政科研・中曽根康弘総理に「禅譲」を前提に
「親分」と保守本流の「理念」を「売った」
ってとこまでやった(怒)。まさに最低・最悪だろこれ(ToT)。おなじ、「裏切り者」でも池田勇人には戦災の焼け野原に放り出された国民の生活を一刻も早く「再建」したいという民政家・池田の熱い思いがあった。田中角栄には繁栄から取り残されてしまった裏日本の民をなんとか「救済」したいというやむにやまれぬ思いが確かにあった。だから、二人は一般の先進国では「リベラル派」と呼ばれる保守傍流(パープル派)へと移籍した。だから「裏切り」は「絶対」に許せないが、まだ「理解」はできるのよ(-_-;)。問題は保守傍流(パープル派)へと移籍ではなく、
たった一つしかない保守本流(ブルー派)の存続問題なんだから(-_-;)。
元老制度が機能していたら、10年近くすったもんだすったもんだしただろうが周山会(佐藤派)を本家(佐藤派)と分家(田中派・木曜会)に分割して最終的に木曜会を宏池会に合併させるところへ「落とし」ただろう(-_-;)。誰が考えても「血」を見ず「国政紊乱」を招かずに問題を解決するにはそれしかなかった。だが、
角栄の野郎「全部」持って行っちまいやがった(激怒)!
はーーーーーーーー(-_-;)、だめだろそれやっちゃ(ToT)。おかげで「血」まみれの「内ゲバ」連発、悶絶するような「国政紊乱」の連続じゃねーーか(激怒)!大体、闖入大政翼賛会(レッド派)を誰が「取り押さえる」つもりだったんだ?レッド派は「外部勢力」を遠慮会釈なく「引き込む」、場合によっては国境さえ超えてね(黒笑)。それにいったいどう「対処」するつもりだったんだ?案の定、三木に「逮捕」され、中曽根に派閥「乗っ取られ」てやんの(怒)。あんたが破滅したいなら、あんたの勝手さ。だが「政治家」である限りそれに「国民」巻き込むな(激怒)!
考えて見ればさ(-_-;)、「角栄の野郎」は「東條の野郎」に実によく似ている(黒笑)。
パーーーのくせに自信過剰な権力亡者。先が読めず、自分でデタラメ放題やっといて結果に自分で驚いてそのまま自滅するタイプ。周りの人間すべて巻き添えにしてね(怒)。こういう奴ほど、全体把握できないくせに妙に細かいこと得意だったりするんだよね。東條の野郎は「類規制集(旧軍の軍律書)の権威」だし、角栄の野郎は「議員立法の達人」だ。在任中マスゴミに「大礼賛」されたとこまでそっくりだよ(怒)。そしてさ、こういう野郎は共産主義者に「アイされる」んだ。そして奴らの用語でこう呼ばれる
「役に立つ白痴(byレーニン)」とね(-_-;)。
その後、戦後デタラメ教育は「役に立つ白痴」をドンドン「量産」していった(怒)。しかも、「能力・人格」を大幅に「ディスカウント(ゆとり教育)」しながらね(怒)。その第二段が竹下登であり、第三弾が小沢一郎であり、第四弾が鳩山由紀夫であり、第五弾が安倍晋三だったんだよ(怒)!「議員」は「国民」の「鏡に映った自分の顔」だ。祖国で
どれほど深く「人格的劣化」という「深刻な事態」が進行しているか少しはわかった?
はっきり書くけどさ(-_-;)、
「義理・人情」が多少なりとも判るのは保守傍流(パープル派)までだぜ?
共産主義者を始めフィシスト(全体主義者)共は決して「義理・人情」を解さない(怒)。奴らは自分の実の息子さえ平然と「家畜」「モルモット」扱いして一切「良心の呵責」を感じずにすむ人格異常者(サイコパス)の「群れ」なんだよ(怒)。俺は個人的事情もあってそのへんスッゴクくわしいいんだ(黒笑)。ま、いい話を元に戻す。
第4ラウンド 政策科学研究所(中曽根派)+経世会(竹下派・旧木曜会) VS 清和会(安部派)+宏池会(宮沢派)
政策研究会(河本派)は機能不全で解体過程に入る
(1983年〜1993年)政科研(中曽根派)専制の10年間は自民党が中曽根が引き込んだ「外部勢力」によって、実質的に「解体」され「自立性」を失っていく過程だった(ToT)。以前にも少し書いたが中曽根はイワン・イワノビッチ・コワレンコKGB中将が日本国内に設置した情報工作機関
KGBコワレンコ・ルート通称「瀬島・中曽根機関」の大ボスだぞ?
これだけは「猪木・末次機関」「名越機関」「宗男機関」と違って文献学的にほとんど追うことのできない中枢ルート。だから、吉田元老と佐藤総理が必死に「封じ込め
」懸命に「壊滅」を狙ってたんじゃないの(-_-;)。なのに角栄の大馬鹿野郎と竹下の腐れ外道が
あっさり「パンドラの箱」を開きやがった(激怒)!
保守本流(ブルー派)という「箱」が封じ込めていた闖入大政翼賛会(レッド派)という「魑魅魍魎」が政界の表舞台から日本全土へと解き放たれていった(怒)。ちなみに「だしてくれーーー」とか細く叫んで最後に出てきたのは「希望」じゃなくて「リクルート」だった(笑)。1987年に中曽根から禅譲を受けた竹下登政権は「消費税導入」に汗を流したが法律的には実は「合法」だった「リクルート事件」で1989年に無理やり引き摺り下ろされ、ニューリーダーと呼ばれた自民党の次世代のリーダー格はほぼ全滅した(ToT)。やむえず後継に政策科学研究所(中曽根派)の代貸し・宇野宗佑が総理総裁に着くもただの「痴話喧嘩」にマスコミが食いつきなんと自民党が参院選で大敗(ToT)。たった69日間でこれまた引き摺り下ろされる
「カオス(混沌)」状態に陥った(ToT)。
元老制度が機能していたら、迅速果敢に「指揮権発動」の場面だろ?何度読んでも「リクルート事件」は「合法」だ。もし、非合法なら未公開株の譲渡そのものが禁止されていなければおかしい。だいたい誰が「被害者」なんだよ?東京地検特捜部は何一つ「請託」の事実を何一つ論証できず、それでいて見つけ出した個別の「逆立ちした事実」に従って一部の人々を「加罰」した(怒)。「帝人事件」以来の検察ファシズムによる
「大冤罪事件」としかいいようがない(怒)。
ただ、昔と違うのは「無罪、史実無根であった」と判決すべきところを「人格的劣化」した裁判官共が「冤罪事件」の「被害者」たちに対する「加罰」を平然と命じたことだ(怒)。この件に関してはいずれ書く、話を元に戻す(怒)。リクルート・パージで首脳部が半壊した自民党はこれまたやむえず自派自身が半壊状態の政策研究会(河本派)の代貸し・海部俊樹を連れてきて総理総裁に就けた。そしてここで自民党は大きな「質的変化」を遂げる事となる、しかも悪い方へ、悪い方へとね(-_-;)。二代続けて「雇われマダム」が総理総裁となった挙句に唯でさえキツイ政治資金規正法が「改悪」されて、議会政治がほぼ不可能なレベルで「麻痺」状態へと陥ったため自民党の根幹を成す
「派閥」という政治機構が実質的に「崩壊」してしまったのだ(ToT)。
繰り返すが自由民主党とは日米同盟堅持を唯一の「党是」とした「派閥」という名の「小党」の連合政権だ。だから、吉田元総理のようなバリバリの「保守主義者」もいれば、中曽根のようなKGBの「糞野郎」もいる。大政翼賛会時代の「全体主義」を解体し、平和裏に「立憲政治」に移行するためには一度
自由民主党という「インナー・サークル」で政権を「独占」する必要があった
のさ(-_-;)。保守本流(ブルー派)はそのためにこそ「戦った」、1975年まではね(-_-;)。そして「敗北」した(怒)。中曽根はサクサク、日共系の職員・秘書を大量に自民党内に配置し、中共系の資金をルートを分けながら自民党に導入していった(怒)。現官房長官である菅義偉もその一人、1983年の事、後は押して知るべしだよ(怒)。さらに、党内の「派閥内」抗争煽る煽る(黒笑)。ついに経世会(竹下派・旧木曜会)が跡目をめぐって「分裂」し
形勢不利と見た「小沢一郎」一派が「脱党」へと踏み切った。
1993年の事。経緯はこうだ。1992年東京佐川急便事件で窮地に陥った竹下派の共同オーナーだった金丸信・元副総理を小沢があっさり検察に「売った」ことに始まる。東京佐川急便事件は本質的に組織暴力団・稲川会による融資に名を借りた「企業恐喝事件」であり、「土地バブル」崩壊の余波で、政界とはほとんど関係なかった。なのに小沢は記者会見を金丸に薦めて
「事件化」した。
革マル派の野中広務でさえ驚愕して「記者会見中止」を必死に訴えたぐらいだ(-_-;)。小沢は一応は保守傍流(パープル派)の経世会(竹下派・旧木曜会)の一員だったがその実態は
限りなく「赤」に近い「紫」としか言いようのない男
だ。国民がそれを理解するまでにはそれから実に20年の年月が必要だった(-_-;)。俺も含めて日本人馬鹿すぎ(ToT)。「席次」上げるためだけに長年可愛がってくれた「親分」あっさり「売り飛ばす」男信じちゃ駄目だって(ToT)。当然、派内での小沢の株は「暴落」した。特に梶山静六と激しく対立し、竹下登も不信感をあらわにして小渕恵三を後継者に指名し、梶山静六を党務を仕切る幹事長に抜擢する。そして、上記「脱党」事件が起こる。1991年に小沢に土下座同然の「懇願」までして総理総裁の地位に着いた宮沢喜一総理は自民党の「下野」というおまけまでついて内閣不信任決議案可決と衆議院議員総選挙の大敗で引き摺り下ろされた。
第5ラウンド 自由党(小沢派・経世会分派)+野党 VS 自民党
(1993年〜1994年)これが、非自民8党連立政権。細川護煕の動きからすると、小沢の「脱党」は事前にかなり綿密に「計画」されていた可能性が極めて高い。しかも、小沢自身以外の「外部勢力」によってね(-_-;)。絵図を引いたのは誰なんだろうか?ちなみに「下野」を余儀なくされた自民党内部はパニック状態(ToT)。各派閥も四部五列の「学級崩壊」状態だよ(ToT)。お互い「責任」を擦り付け合ってガタガタ(ToT)。このあと多くの派閥が「タマネギの皮むき」のような「分裂」を繰り返す事となる(怒)。「割れ」なかったのはすでに崩壊状態の番町政策研究所(河本派、旧政策研究所)と強面の小泉純一郎が代貸しとして仕切っていた清和会(三塚派)ぐらいのもんか(-_-;)。その清和会も直前の1991年に跡目争いで加藤六月議員たちが離脱しているけどね。もう無茶苦茶(ToT)。
第6ラウンド 自由党(小沢派・経世会分派)+野党5党+政策科学研究所(渡辺派)
VS
経世会(竹下派)+宏池会(宮沢派)+新党さきがけ+日本社会党
VS
清和会(三塚派)+政策研究会(河本派)
(1994年〜1995年)・・・・・・・・あっけ(゚o゚)、そして絶句。もう、そうとしかしか言いようがないわな(-_-;)。誰が味方で誰が敵かもはやさっぱりわからん(ToT)。自分で書いててなんだけどさ、誰か解説してくれ(黒笑)。ふーーーーーーーー(-_-;)、少し長くなったな。ラストって書いちゃったけど、やはりもう一回必要だわ。饐えてドロドロの「液状化」した日本政界の「真実」についてはまた次回語ろう。とほほ。
おまけにみくしー検索かけてみました。わりと出てきてワロタ。大勲位、娘婿さんへの説教まだですか?(笑)。
「中曽根康弘」
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