mixiユーザー(id:9389954)

2017年07月04日11:18

77 view

間違いなく「NPBを代表する名監督」の筆頭格の一人になり得よう。

■名将・上田利治が残した最大の功績
(ベースボールキング - 07月03日 20:11)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=212&from=diary&id=4650280
1日、阪急ブレーブス→オリックスブレーブス(オリックスバファローズの前身の一つ)、ニッポンハムファイターズを率いてNPB監督通算1322勝(歴代7位)1136敗116分を挙げ、平成15年に野球殿堂入りを果たしたた上田利治が亡くなりましたが、80年余りの歴史を数えるNPBにあって、間違いなく、その「代表する名監督」の筆頭格にある人ではないかと思いますね。
前任の西本幸雄監督のもとで5回のパ・リーグ優勝に導いた阪急を厳しさと熱血指導で更に強くし、就任2年目の昭和50年に球団初の日本シリーズ制覇(相手は古巣の広島東洋カープ)を果たしてシリーズ3連覇(リーグ優勝は4年連続)に導いたことで知られる監督ですが、やはり印象に深いのは昭和53年、ヤクルトスワローズとの対戦で相手の大杉勝男が放った本塁打をめぐってファウルではないかと執拗に抗議、シリーズ歴代最長となる1時間19分の中断を引き起こしたことでしたね。このシリーズでヤクルトに日本シリーズ初制覇を許し、上田利治は監督を辞任(後に復帰)するわけですが、初めはどこか辟易した感じになりましたが、こうした“熱血漢”ぶり、そして“信念と勝つ執念の人”の側面が、阪急を“真の強豪”に押し上げたのだと改めて感じましたね。
それにしても、現役生活で顕著な成績を残した選手がその所属球団で就任し、言わば“名誉職”の側面が少なからずあるNPBの監督職に、僅か3シーズンの現役生活(広島・捕手)に過ぎない(それも、他球団)人がコーチからの内部昇格と言え監督に就任すると言う異例な登用も、25歳だった広島時代からの豊富なコーチ経験とそれがベースとなった豊富な知見、そして熱血漢ぶりと厳しさがあったからこそであり、その答えが1322と言う通算勝利数などに繋がったのではと思いますね。
その一方でドラフト指名のくじ運が異常に悪かったりなど“残念な一面”もありましたが、一つの時代の象徴がまた一人、亡くなったのだなと感じますね。享年80。ご冥福をお祈りいたします。
合掌。
0 2

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2017年07月>
日 月 火 水 木 金 土
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031