第84回アカデミー賞受賞作「アーティスト」のミシェル・アザナビシウス監督が、戦争で両親と声を失った少年が難民キャンプで懸命に生きる姿を描いたヒューマンドラマ。ナチスによって収容所に送られ、母と生き別れた少年をアメリカ兵が助けるという物語を描いたフレッド・ジンネマン監督の「山河遥かなり」(1947)に着想を得て、物語の舞台をロシアに侵攻された99年のチェチェンに置き換えて描いた。両親を銃殺されたショックで声を失った9歳の少年ハジは、赤ん坊の弟を見知らぬ人の家の前に置き、ひとり放浪する。やがてハジはフランスから調査にきたEU職員のキャロルと出会う。戦争を目の前に自身の無力さを痛感するキャロルは、せめてハジだけでも守ろうと決意する。アザナビシウス監督のパートナーで、「アーティスト」でアカデミー賞候補にもなった女優ベレニス・ベジョが、キャロル役を演じている。(映画.comより)
基本的に子供が犠牲になる映画は嫌いです。現実にあるとわかっていても、見たくありません。日本のような先進国でも、悲惨な子供のニュースは後を絶たず、本当にどうやったら皆が幸せになれるのだろうと考えてしまいます。ましてや、ナチスの時代やチェチェン侵攻では、本当は映画よりもっと悲惨な事が起きていたのでしょうね。悲しすぎます。
ロシアの侵攻を受けたチェチェンで、家の窓から「ただの農民です」と嘆願する両親が撃たれて死ぬのを見てしまい、両親の後を追って駆けて行った姉もそのまま殺されたと思った9歳のハジは、生後間もない弟を抱いて隠れ、チェックに来た兵士が出て行った後に弟を抱いたまま逃げ出します。しかし、なにぶんまだ9歳。弟の面倒はやっぱり見れなくて、明かりのついた家の前にそっと置きます。そして、家の人が出てきて赤ちゃんを抱き上げるのを確認してから、単身逃げるのです。賢いですねぇ。たった9歳なのに、そこまで考えて行動できるなんて。もうここで目が潤みます。ハジはショックで声を発することができなくなっています。そして、あてもなくさまよっているうちに、イングーシの街にたどり着きます。そこで、EUの人権委員会に勤務しているフランス人女性のキャロルに見つけられ、保護されます。キャロルは、難民キャンプの実態調査をしているのですが、なにをやっても変わらない現実に無力さを感じていて、目の前のハジだけでも助けようと決心します。
並行して、ごく普通のロシアの若者が、強制的に入隊させられて変わって行くようすも描かれます。、死体処理の仕事をたたき込まれ、上司に必要以上に叱責されて、いかに残酷な兵士に変貌してゆくか・・・。人とはこうも脆いものかと考えさせられます。
一方、ハジの姉は無事だったのでした。帰宅したら弟たちがいなかったということで、姉もまた、弟たちを探してさすらいます。イングーシの街には、EUの職員だけではなく、国際赤十字の女性もいます。ハジは、彼女たちと深くかかわってゆくこととなります。
今回は映画ですから、希望のあるラストとなっています。現実はこんなうまくいくものではない、とわかっていてもほっとします。やはり、つらすぎる現実ばかりでは、人は生きてはゆけないと思うのです。昨今は、世界のあちこちで見知らぬ人の殺傷事件(自爆テロなど)が起きています。こんな関係のない人々になんの恨みがあるというのでしょう。どうして人は殺し合うのでしょう。悲しすぎます。みんな、誰かの息子・娘であり父親・母親ではありませんか。家族を失う悲しさがどうして共有できないのでしょうか。そんな甘い物ではないのかもしれませんが、いろいろ考えてしまいます。
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