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2017年04月20日11:51

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かつての「我が街」阿佐ヶ谷

阿佐ヶ谷には、主に学生時代、少なくとも6年以上、暮らした。今からもう、40年以上も、前のことである。
大学に入ってすぐ借りたのが、今は道路になっている駅前の、天祖神社隣接の木造のボロアパート。4畳半1間で、トイレと洗面所は共同だった。道路になるということで、立ち退き料をもらって、そこを1年で出て、次に移り住んだのが、駅のすぐ近くで、中央線ガード下の、今度はたった3畳1間の、木造アパート。小さな炊事施設はついていたが、トイレは共同で、机代わりの万年炬燵を、壁に押しつけて、立てなければ、夜、寝るために、布団を敷くスペースすら、出来なかった。ここは夏になると、室内が、40度近くの地獄のような暑さになり、ちいさな扇風機などは何の役にもたたず、昼間は、クーラーのある、近くの喫茶店などに、避難するしかなかった。今は、アパートではなく、小汚い居酒屋になっている。
その後、阿佐ヶ谷と荻窪のちょうど中間くらいにある、つまり、駅からはだいぶ離れた、6畳1間の木造アパートに移った。ここも、室内に、小さな炊事施設はあったが、トイレは共同。しかも、2階に住んでいるのに、トイレは1階にしか、なかった。ここで、結婚して、しばらくの間、妻と2人で、暮らした。今、どうなっているかは、わからない。というか、どの辺にあったのかは、何となくわかるが、アパートへの行き方自体を、忘れてしまった。
よく通ったのは、夏場の避難先としての、喫茶店の「ぽえむ」「遠方近方(おちこち)」、それに、名前をド忘れてしまった、もう1軒の喫茶店。あと、深夜営業の「キッチン・チャンピオン」に、駅前の屋台のラーメン屋である。40年以上前のことだから、当然といえば当然だが、今はもうない、お店ばかりである。「ぽえむ」は、渋谷にあったチェーン店もつぶれてしまったが、池袋で1軒、見つけた。でも、それもだいぶ前のことなので、今もあるかどうか、わからない。
いまも残っているのは、老舗の和菓子店「うさぎや」である。昨日、行って、名物の兎月最中(中に餡と共に、ぎゅうひが入っている)とどら焼きを、お土産に買って、家に戻った。うさぎやは分家(どっちが、本家か、不明だが)が日本橋にもあって、会社員時代、ここでよく、どら焼きを買った。
レモンパイがおいしい「こうみや(どういう漢字をあてたか、今となっては不明)」というケーキ&パン屋さんもあって、ここは新宿の紀伊國屋の地下にもあったが、いずれも、つぶれた。
懐かしい「我が街」、しかし、当時の面影は、今はもう、ほとんど、残っていない。




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