数ヶ月前に見た「蝶々夫人」もそうですが、2回目以降の観劇で、やっと、素晴らしかったとしみじみ思えるようになっている気がします。
ただ、「蝶々夫人」も「オテロ」も、オペラ作品を楽しむより、そこに描かれた人間ドラマにますます胸がしめつけられる思いとともに、考えさせられました。
どうしてもあの悲劇は避けられなかったのか。
オテロは結局、自分に強力なコンプレックスがあったから、やすやす罠にひっかかったんだと思うけど、猜疑心ってほんとに恐ろしい、とか。
不実を疑って妻を殺すのは、愛より思いっきりプライドの問題だよな、とか。
デズデモーナはお嬢様すぎたから、オテロを過大視し過ぎたから、嫉妬が読めなかったんだよな、とか。
イアーゴはそれだけ、心理学に長けてたってことだろうし、憎しみがそこまで頭を冴えさせたのかも知れない、とか。
当事者は冷静でいられないのは当然だけど、反面教師にしたいところが満載だなあ、とか。
これってオペラとしての素晴らしさとは無関係なようでいて、オペラとして素晴らしかったからこそ、こういうことを考えながら鑑賞できたのかも知れません。
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