mixiユーザー(id:1850594)

2017年03月26日14:27

229 view

アートとは何か(3)アール・ブリュット(続)

しばらく間があいてしまったが、また、ボチボチ、書き続けていきたい。ということで、以下は前回からの続きです。
ヘンリー・ダーガーに関しては、一時期、日本でもちょっとしたブームになったので、邦語による、あるいは邦訳された関連書も多く、また、「非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎」というドキュメンタリー映画も、2008年に公開された(DVDあり)。この原稿を書く際に、改めて観返したわけではないが、ダーガーの生涯を、「子供たちの守護者」たる、孤高のアーティストとして描く、かなり美化された内容だったとの記憶がある。
しなしながら、ダーガーが紡いだ「非現実の王国として知られる地における、ヴィヴィアン・ガールズの物語(以下、略)」と題する、とてつもなく長いタイトルの物語は、それほど、美しい無垢の物語であるとは、どうしても、私には思えない。ダーガーの描く、色とりどりの花が咲き乱れ、蝶のような謎の生物の飛び交う、子供たちの楽園は、確かに、生涯、「大人」になりきることの出来なかったダーガーの望んだ、「見果てぬ夢」であることは事実だろうが、その一方で、子供たちへの正視しがたい虐待と拷問、そして、血みどろで横たわる子供たちの姿も、そこには同時に描かれていて、「子供たちの守護者」とは、到底、縁遠い、社会への不適合者たるダーガーの、フツフツたる、どす黒い欲望というか、行き場のない怒りも、また、透けて見えるからである。
決して、「子供たちの守護者」という「きれい事」だけではない、そうした人間の二面性こそが、ダーガーというアウトサイダー・アーティストの魅力なのだと、私はそう思う。
最後に、もうひとり、アール・ブリュット=アウトサイダー・アートの作家をあげておこう。1886年、スイス生まれのアロイーズ・コルバスである。アロイーズは24歳の時、ドイツのヴィルヘルム2世の宮廷に、家庭教師として、仕官する。そのわずか1年半ほどの、夢のような経験が、彼女の生涯を、文字通り、大きく狂わせることになった。
その後、様々な職業を転々としつつ、アロイーズは、ドイツ皇帝への一方的な思いを、ラブレターに綴るようになり、加えて、常軌を逸した行動も目立つようになって、精神分裂病(統合失調症)と診断され、31歳の時、入院。以降、1964年に77歳で死去するまで、その人生のほとんどを、精神病院で過ごすこととなった。
長い入院生活の中で、アロイーズは華やかな宮廷生活を題材とした絵を描くようになり、アール・ブリュットの命名者であるジャン・デュビュッフェ等から、次第に、注目されるようになった。彼女の描く、極彩色の衣装を身にまといながら、揃って、うつろな目をした女たち。それはアロイーズ自身の心の、まさに投影。
外苑前にある、現代アート専門の私設美術館であるワタリウム美術館で、2009年、アロイーズの日本初の個展が開催され、私は会期中、何度も足を運び、彼女の描く、悲しい空っぽの女たちに、夢中になった。
私は、先に、アール・ブリュットのアーティストたちは、自分のためだけに描き続けたと書いたが、アロイーズは、もしかすると、自らの絵が巷で注目されていることに、ある程度、自覚的だったかもしれない。


1 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2017年03月>
日 月 火 水 木 金 土
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 

最近の日記