先週の金曜日、すなわち6月17日に、私にとっては珍しく、演劇を見ました。
演劇を見るのはゼロではないです。
このあいだ、三島由紀夫原作の「ライ王のテラス」を見ましたから。
あちらは舞踊がありました。
こちらも少しだけ、舞踊がありました。披露宴の場面で。
シェークスピアなどを輩出したエリザベス朝演劇終盤の傑作とのことです。
おさえきれない恋心を打ち明けあって一線を越えてしまった実の兄妹の悲劇です。
一線を越えてしまうと、避妊法のない当時のこと、悲劇のはじまりは当然ですが、妹の妊娠です。
妹は生まれてくる子のために、というか、どちらかというと兄の私生児であることを世間にごまかすため、求婚者の一人と結婚します。
そのあたりの打算のため、悲劇の予感はありました。
その兄妹は中世イタリアのパルマで資産家で、パルマ一美人の評判高い目立つ人だったのも悲劇の要因の一つです。
私生児の父親にさせられた夫は、もともと貴族の鼻持ちならない、金と美貌があるゆえいろいろゆるされると自己中で切れやすい男でしたから、嫉妬だけでなく、不名誉とバカにされたことで、怒り狂います。
しかし、もっと凄惨だったのは、兄の対応です。
妹が妊娠した後の兄は、影が薄くなります。
妹は、妊娠したこともあり、兄を愛しているには変わらないけれど、やはり悩み、苦しみ、後悔します。兄はそんな妹のために、なぁんにもできません。
結局、兄妹も妹の嫉妬深くすでに他の女を犠牲にしたことがある旦那も、兄妹の父親も、すべて破滅します。
それにしても、その破滅の仕方のすざましさ、そして、当事者が死に絶えた後の、妙にきれいにおさまった感じのラスト。
まさに、ハムレットやマクベスやロミオとジュリエットと同じエリザベス朝演劇だなぁと思いました。
兄がやったすざましいことは……全部は書かないでおきましょう。
妹は喜んで兄の手にかかって死に、兄も旦那の手の者に殺されます。そしてその兄も旦那に手をかけます。
あまりにもすごいラストでしたが……ただ、悲劇は当事者のもの、世の中も社会もそれでなにかがストップするわけではない、といった人の世の流れみたいなものを感じました。
しかし、あの中で、もしかしたら悲劇をやわらげるハッピーエンドになるかもしれないカップルがいました。
頭が弱くバカだけれど、人に憎まれない資産家のぼんぼんと、そのおバカさんを本当に好きになった若い娘。
だけど、おバカさんは、妹の別の求婚者に人違いで殺されます。
その求婚者はローマ教皇の使節の枢機卿の手の者だったので、枢機卿は、「人違いで殺された者はまことに遺憾であった」とお悔やみを言っただけで、その者をパルマ追放でローマに帰すことで、処罰は終わりにしてしまうのです。
殺した本人も、殺そうと思っていたのは、自分を侮辱したやつで、人違いしただけ、と悪びれずにいい放ち、詫びのひとこともなしです。まるで、自分が闇に紛れて殺そうとしてたタイミングでやって来た方が悪いと言わんばかり。
おバカさんをおバカさんだけどかわいがっていた叔父は、あれが教会の人間がすることか、正義はどこにある、と憤りましたが、なにもできませんでした。
このエピソードの位置づけが、いまひとつ腑に落ちませんでした。
もしかしたら、兄妹の悲劇の前哨戦みたいなもの?
シェークスピアばりのセリフの仰々しさもありました。
あれは英語だと、もしかしたらもっとメロディアスで詩のようなセリフだったかもしれませんが、邦訳だとどうでしょうね。
いろんなたとえが詩的と思いましたが、やはり仰々しさの方を強く感じました。
写真はポスターと、会場である新国立劇場・中劇場です。
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