昨年11月に腎臓摘出、そして、去る4月15日には膀胱がんでがん摘出手術。
本当に、人生、いつ、なにが起こるかわからない。
執刀医の話では、膀胱は非常にがん細胞が広がりやすい。2年後の再発率は50%〜70%とのこと。
なったらなったときのこと。なるようになる。
「任運」「任天」という言葉があります。天は何でも知っている。天は必要だから、私にピッタリのことが、ちょうどよい時にちょうどよいものを与えてくれる。
私に必要でベストだから与えてくれている。お任せするのが一番良い。そうした心境です。
今、私には良寛の次の言葉がピッタリです。
「災害にあう時節には、災害にあうがよく候。
死ぬ時節には、死ぬがよく候。
是はこれ災害をのがるる 妙法にて候」。
論語に、「死生命あり、富貴天にあり」とあります。人間の生死あるいは富貴貧賤というものは、すべて天が与えるものである、という意味です。
孟子に、
「命に非(あ)らざるなし。その正を順受すべし。この故に命を知る者は、巖牆(がんしょう)の下に立たず」とあります。
※巖牆
危険な場所を喩えた言葉。 巌はそそり立った岩のことで、牆は石や土で築いた細長い塀のこと。 どちらもいつ崩れるかわからないものであるから、その下は危険であるということ。
人間の一生は天が知っている。天命は甘んじて受け入れなければならない。天命を自覚している人間は、崩れ落ちそうな塀の側には近寄らないものである。
病気になって以来、私の命が明日しかないとしたら、私はどうするだろうか? とよく思うようになりました。
恐らく一期一会の気持ちを持てるのではないか。日々接する方々へ思いやりと感謝の気持ちを持って過ごせるのではなかろうか、とよく思うようになりました。
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