我れ既に天の物なれば、必ず天の役あり。天の役、共(きょう)せずんば、天の咎必ず至らむ。 (言志録10)
以下、田口佳史「超訳・言志四録 佐藤一斉の自分に火をつける言葉」より。
天はなぜ自分を生んだのでしょうか。そこに、どんな意味があるのでしょうか。そんなことを改めて考えてみたとき、答えはこの『言志録10』に見出すことができます。それは、
「人は誰しも、天に役目を与えられて、この世に生れてきた」
ということ。であるならば、自分に与えられている役割は何かを知り、それをひとつ成し遂げていく覚悟を決めることが大切です。
そうすれば、天は喜び、力を貸してくれます。
逆に、その役割を無視したり、途中で投げ出したりすると、天は怒ります。そして、天罰を下すのです。
このように、自分に与えられた役割のことを「天命」といいます。ただ、いきなり「天命を知れ」と言われると、戸惑ってしまうかもしれません。そう大げさに考えなくてもいいのです。孔子だって「五十にして天命を知る」と言っているくらいですから。あわてなくても大丈夫です。
とにかく、いま自分がやるべきことこそが自分に与えられた役割、天命のひとつなのだととらえてください。
その役割をしっかりと果たし、一方で人間性に磨きをかける。そういう日々を積み重ねることで、天命もだんだんにスケールアップします。
やがて考えるまでもなく、「世のため人のために自分がなすべきことは何か」が見えてくるでしょう。
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